メランコリア色模様

音成アオイ

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モノトーンの色合い

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今は祐介も4歳になり、美月は歌をうたいながら、自分のお母さんにも手助けしてもらいながら忙しそうにしている。
祐介の成長記録を大切に綴る訳でもなく、一刻も早く大きくなってほしいと言い、ドライな子育てが続いているようにも見えるが、ご飯を作り公園に連れて行き抱きしめたり叱ったり笑ったりしている。「祐介がね『ママと結婚する』って有名なセリフをついに言ってきたよ。ママは2回失敗してるからもう結婚はしたくないかな、って答えたら『ママは可愛くて大好きだから絶対僕が結婚する』って。かわいいこと言ってくれるよねー」と笑っていた。
ぎょっとする程痩せることはなくなった美月だけれど、少しお酒の量が増える日はあるようだ。それでも淡々と、進んでいる気がする。
先月発信された美月の新しい作品は、ポケットに手を突っ込んで静かに笑いながら歩く彼女が映っている。買物や料理の様子などの日常的な景色が何度も切り替わりながら
『前なんか向いてないけどね。下向きながらフラフラしながら確かに一歩ずつ、君と一緒にね』
の歌詞とともに。


今日、影山さんと会ったことを美月に話したら何と言うだろう。
「えー!元気だった?!」と笑って聞いてきてほしいなと思う。
私は10年近く前の、美月たちが結婚して1年程経った頃の彼女の作品を久しぶりに観返した。2人は別れるまでは仕事も共にし、美月の歌の映像は全て影山さんが制作していた。
その中でも私が一番好きな作品。
その映像の中の世界は、あまりに美しく、そして生命に溢れている。色とりどりの草花がリズムに合わせて踊り、渦巻く霧の先に見える光はゆっくりこちらに向かってくる。近未来的な建物たちはグングン空に伸びて雲を突き破り、天空の世界では動物もサボテンのお化けも幾何学模様の服を着てニコニコご飯を食べている。ファンタジーと現実が混ざった世界。
そこで歌い踊る美月は花にもビルにもゾウにも笑って話しかけ、とても力強く、どこか神秘的でかわいくて、きっと影山さんはこんな世界でこんな風に笑う美月でいてほしいと思っていたんだろう。

あの時、美月の家で読んだ言葉を思い出す。
『あなたが彩ってくれた私は若くてエネルギーに溢れた、まるでそれで独立した作品みたいだった』

美月の人生において、この若くて可愛い美月が1つの作品だとしても、それがその後の美月と連動していない訳がないじゃないか。
落ち着いたと思っては壊してしまう。必要な人だったのに放してしまった。若さ故少しだけ無鉄砲で、ありきたりな後悔はあっただろう。大人になって子供をもち、幸せな家庭を夢見たけれどそれも上手くいかなかった。
でもどれも間違っていた訳ではないよ。
今が不幸な訳じゃない、過去にとらわれている訳でもない。
その時その時、苦しみながらも一生懸命生きぬいてきた今の美月も、画面の中で楽しそうに笑う美月も、間違いなく同じ美月なんだよ。
その1つ1つを作品と言うならば、宝物のようにリボンをかけてあたたかく慈しんで抱きしめてあげたい。
あなたは嫌がるかもしれないけれど、「シンプルだけどそれが生きるってことだと思う」って言わせてほしい。陳腐なんかじゃないよ。

美月に電話をしようか突撃で会いに行こうか。祐介を寝かしつけてる時間ならメールのがいいだろうか。
「一生懸命生きてる美月を愛しく思うよ」なんて急に言ったら「なによ真帆ちゃん急に。変なの。ありがとう」って笑ってくれそうだ。
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