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8、アルコールは思考を開放する

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「35?」「え?」「オレの3コ下だったよね。奈々子今35歳?」「そうだよ」
20歳と23歳でビルの屋上にいた若かった2人が、35歳と38歳の大人になってバーで再会している。
「あんま変わってないね」「そう?はるおも、そんなに変わってないよ」
写真で見るよりは昔のままのはるおだった。店内のオシャレな照明のせいか肌は白く見えたし、長い前髪と長いまつ毛も変わらない。

一瞬会話が途切れたところを見計らって、従業員がはるおに「店長すいません。テーブル5番さんが店長呼んでます」と声を掛ける。
このお店は常連はもちろん、新規の客にも1人の客にも従業員は気軽に声を掛けている。話し込む姿も見られるし、「ちょっとごめんね」と5番テーブルに行ったはるおも、常連らしきグループと談笑が始まっていた。

昔の知り合いが1人で来たから声を掛けた。
久しぶりと言葉を交わした。
ただそれだけの事で、このままはるおが接客に追われている間に帰るのもいいのかもしれない。私ははるおが笑顔で声を掛けてくれただけで、どこか満足した気になっていた。
シャンディガフはあとひとくちだけ残っている。

この15年をどうやって過ごしてきたか長々と話し込む訳にもいかないだろうし。ましてやまだ死にたいとか思ってる?なんて、そんな事を話すのがすごく恥ずかしくなってきた。話したところでなんなのか。自分が何がしたいのかよくわからない。

「お客様、何か飲まれますか?」カウンターにいる従業員がにこやかに聞く。
「店長のお知り合いですか?」「昔の知り合いです。でも忙しそうだし、あんま話せなさそうかな」「…そうですね。結構色んなお客様に呼ばれてますね。また後で呼んできますよ」
シャンディガフ1杯ではとても酔えない。そんなつもりじゃなかったのに、なんだか酔いたくなってきた。はるおに会えた事で少し心を揺さぶられた私はもう少し酔って、思考の解放を試みよう。

2杯目は、私よくお酒を知らないのでと前置きしてから、少しだけ強めのサッパリしたなにか定番ぽいやつください、と注文する。ツウぶってる訳じゃないことを伝えたつもりだった。
それからしばらく、美味しいお酒とピザをゆっくり楽しんでいた。
月1で飲みに来るという右隣の50歳くらいの男性との当たり障りのない会話でも、酔っていると悪い気分ではない。
へー映画が好きなんですね、いえいえ私は子供がいるし映画館なんて何年も行ってませんよ、どんな映画を観るんですか?、アクションといえば?ブルース・リーとかですか?え、古い?笑わないでくださいよー。
旦那に内緒で来た夜のバーで1人で酔っている背徳感。初対面の人との無意味な会話を続ける微笑ましさと馬鹿馬鹿しさ。
別に毎日の生活に不満がある訳じゃないけど、私がいつまで生きていくのかはずっとずっと疑問で、自分を憂いているのか可愛がってあげたいのか壊れてしまえと思っているのか、混ざって思考が定まらなくて、あぁお酒っていいな。
たった1杯のカクテルでの1人劇場、安い感情だ。

はるおは常にどこかで接客をしていたり、カウンターに戻ってお酒を作ってはまたどこかのテーブルに運んだり、従業員に度々指示をあおがれたり、笑いながら忙しそうに動いている。
私はぼんやり目で追いながら、普通に働いてる38歳のはるおと、屋上で飛び降りる決心を持てなかった23歳のはるおを酔った頭で何度も重ねていた。

後ろから肩を叩かれて、振り向くとはるおだった。
「店が終わるまで待っててよ」と言う。昔みたいで笑えた。
終わるまでって朝の5時まで?あなたと私の生活時間は違うんだってば。当たり前のように言われてもそれは無理だ。
「無理だよ、終電で帰るよ。旦那も子供もいるから」「そっか」
はるおはまた店全体を見渡して、「後でまた来るから帰らないでよ」と言った。

はるおは私と話をしたいと思ってくれているんだな、嬉しいな。一体何を話すのだろう。
もう全然頭が働かない。思考回路がふにゃふにゃしている。
普段考え過ぎな私はアルコールによるこの感じが好きだった。
欲求とか、思いとかに、「でも」「もしかしたら」の思考が続かないから、自分が確かに強く感じることだけを、純粋に、言葉にできる。
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