上 下
5 / 10

5、屋上の先端のその先へ

しおりを挟む
1階のバーはこじゃれているけれど、ビル自体はとても古い。5階まで続く階段は陽も入らなくて薄暗くて、はるおは私の手を取って進んでいく。屋上の鍵とか空いてるのかな?とふと思ったけど、最後の重たい扉はすんなりと開いて景色のひらけた屋上に出た。
人の出入りがよくあるのか、地面には吸い殻がたくさん落ちている。突き当たりの錆びたフェンスは少し反動をつければまたげる高さで、その先には人が座れるくらいのスペースがあり、更にその先は落ちていく先だった。
今までここから飛び降りた人っているのかな。その人もあの薄暗い階段を上がってきたのだろう。どんな気持ちでこの景色を見たのだろうか。私も屋上から飛び降りたことはなかったから、最後にどのくらい勇気が必要なのか、想像できなかった。

はるおは1人でフェンスまで近づき、「これ、またがなきゃ下見えないな」とひとりごとのように言う。
「フェンス越えてみる?」私は自然に言った。煽る訳でもなく、怖がる訳でもなく。
はるおは私の方を振り返らないまま手を伸ばし、フェンスをつかみ、軽々と向こう側に降り立った。
あぁ本当にはるおは死ぬ気なのかな。このままためらいなく飛び降りてしまう?ちょっと待ってよ。私の目の前で自殺を成功させないで。呼び出しといて1人だけ勝手に飛び降りれるなんてズルい。待って、先に死なないで。
「待ってよ」思わず口に出た。あなたの自殺を止めるつもりはないから。私も便乗させて。
フェンスを掴み、私もよじのぼる。はるおが手を貸してくれて、ギリギリのスペースに2人並んで膝を抱えて座った。

少し顔を覗き込めば、吸い込まれるように遥か先に地面がある。
はるおは「怖っ!上からみると怖いね」と笑った。ふざけた延長のように、ノリで言っているように、機嫌のよいかわいい笑顔。はるおにとっては、ほろ酔い気分で勢いで飛び降りるつもりだったのかもしれない。
私は、そういえば今日は大学のゼミで発表する日だったな、色々レポートまとめてたけど死ぬから行けないや、とまるで今日バイトだからご飯行けないや、という感覚でいた。
私にとってはそれくらい死が日常にあって、いつ成功できるのか、その勇気を出せるタイミングはどこなのか、を探していたのだと思う。
今、手も繋いでいない、体も触れていないはるおが隣にいるだけで、いける気がする。お先にって飛び降りれる気がする。

「奈々子、首吊る時と今と、どっちが怖い?」いつの間にか酔いも笑いも醒めた顔ではるおが聞く。
「首吊る時は意識朦朧だったからあんまり覚えてないかな。でもやっぱ怖かったのかもね、すごい泣いてた。今は全然怖くないよ。飛び降りれるよ」「遺書とか要らないかな?」「私は要らないけど。はるおは必要なら書く?ノートもペンもあるよ」「ノートとか持ってんの、さすが大学生だね」「ここで飛び降りなかったら普通に学校に行くだろうからね」「そっか」会話が途切れて、2人とも真っすぐ前を見ていた。
もしかしてやっぱり飛び降りないでおこうと思ってるかもしれないな、どうしても最後の勇気が出ない気持ちは全くもって理解できる。今はるおが迷っているとして、私は急かすことも誘導することもしてはいけない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

処理中です...