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23妾のメイス
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春が終わり、羊飼いの月となる。なんだか不思議な心持ちで私は生きている。今までみたいに帝国憎しの想いを抱えることはなく、憑き物が落ちたように私の心はずっと澄み切ったままだ。今の私はちょっとだけ未来が明るく感じられている。
「お客様です。ラルカ様」
そんな楽観的な私のもとに客人の知らせが舞い込んできた。昼下がりの暇な時間。眠気を覚える絶妙な頃合いである。未亡人の立場になってからは、私は人から訪問された記憶が数えるほどしかない。いったい誰がどんな理由で来たのか気になるものだ。
「下の客間で会えばいいのかな」
「はい。準備ができましたら行きましょう」
相手はメイスという名の女性だという。素性の知らない相手だと私が首を傾げている傍らで、従者たちはほろ苦い顔をしていた。
「どういう方なの?」
「ええと、はい。公爵殿下の妾ですメイス様は」
なるほどと単に頷いてみせたが、立場上、もっと大げさな反応がふさわしいかと後になって気づいた。
「どうして来たのかな」
「わかりませんが、少し気を引き締めておくとよろしいかもしれません。彼女は胡散臭い力を使いますので」
「胡散臭い力って……」
驚きだ。エヴァの口からそんな冗談みたいな言葉が出てくるとは思わなかった。とりあえず支度を整えて、刻限より早めに宮の一階へと出向いていく。相手を待たせるわけにはいかないと急いでみるも、客間にはまだ目当ての人は見えなかった。格好のつかないまま私たちはふかふかの椅子に腰を下ろしていく。
それにしても妾の女性がわざわざ私を訪ねてくるなんて、普通だとあり得ない気がする。ただの挨拶まわりか、私のことを偵察しに来たのか。将来妃になる可能性が高い私と、妾である女性の組み合わせは最悪に近いのではなかろうか。とりあえず良くないことが起こりそうだと憂鬱な気分だった。
扉を数回叩く音がして、従者が確かめるために先行する。客であることが示されたので私は向こうの人に入ってくるよう促した。
「ごきげんよう……。この度はお目通り叶いまして、恐悦至極です」
甲斐甲斐しく腰を折りまげてくる。長い黒髪で赤い目をした、いかにも幻惑を使ってきそうな女性である。メイス・ヴァロワ。彼女は新しく妃となる私へのご挨拶のため訪問してきたと口上を並べた。
「ラルカ・ハインツと申します、初めまして」
「ふふっ、ご丁寧に。どうぞ初めまして」
相手は怪しさを隠しもせずに、私にゆっくり近づいてきた。こちらへと接近を阻むように従者たちが塞がるが、女性は気にも留めずに突き進んでくる。
「なるほど……ホントに美人。『まざりもの』の申し子みたいな顔立ちですわね」
「無礼ですっ!!メイス様、この場はジークラント公爵殿下の妃になられる御方の前ですよ!!」
「わかっていますとも。エヴァさん。ちょっと見ない間に痩せて怒りっぽくなったの?」
エヴァの怒鳴り声を聞くのは初めてで、軽くのけ反ってしまう。私とこの女性を絶対に近づけたくないらしく周りは猫みたいに神経を尖らせていた。女性はため息をつきながら、迫る勢いをおさめて姿勢を正していく。
「ジークラント家との婚姻に指名なされたこと。実に喜ばしいですね」
「えっと……そうやって言う人が多いのですけど、まだ私は公妃になると決めたわけでは」
とても神秘的で大きな目。血の色みたいに奥は濁っている。それにぴたりと目を合わせていた私は、なんだか落ち着かない気分に陥ってしまう。
「いいえ。ラルカさんは必ず日月公妃になります。そしてジークラント家に生涯を尽くされていく」
「え?」
「うーん。すごい……、あなたの最期は誰よりも興味深いものになりますよ。最っ高で最悪な死に様のままにて」
すごい堂々と、自信満々な顔つきでいる。この魔女みたいな風貌の人はいったい何を言っているのだろうか。私の死に様?どこから冗談を言っているのかわからない。
私があからさまに混乱しているのを慮ってか、女性はさっと目線を外してくれた。見た目がそれっぽいだけで人情や気遣いが無いわけではなさそうである。
「安心してくださいラルカ様、この女性の言うことは嘘ばかりです。誰にでも死に様がどうとか言ってくる似非占い師なんですよ」
「心外だわ」
「わたくしも言われましたし、『みじめで意味のない最期』だと。適当言うにしてもひどすぎます」
「ふふっ、そう視えたのだから仕方ないじゃない」
にわかには信じがたいが、これがエヴァの言っていた胡散臭い力というやつなのか。エヴァは私怨たっぷりの台詞を放って嫌悪を滲ませている。心底嫌っているように感じられたが、女性と彼女の距離が近いせいだからだろうか。互いに知り合った仲みたいに見える。
「お客様です。ラルカ様」
そんな楽観的な私のもとに客人の知らせが舞い込んできた。昼下がりの暇な時間。眠気を覚える絶妙な頃合いである。未亡人の立場になってからは、私は人から訪問された記憶が数えるほどしかない。いったい誰がどんな理由で来たのか気になるものだ。
「下の客間で会えばいいのかな」
「はい。準備ができましたら行きましょう」
相手はメイスという名の女性だという。素性の知らない相手だと私が首を傾げている傍らで、従者たちはほろ苦い顔をしていた。
「どういう方なの?」
「ええと、はい。公爵殿下の妾ですメイス様は」
なるほどと単に頷いてみせたが、立場上、もっと大げさな反応がふさわしいかと後になって気づいた。
「どうして来たのかな」
「わかりませんが、少し気を引き締めておくとよろしいかもしれません。彼女は胡散臭い力を使いますので」
「胡散臭い力って……」
驚きだ。エヴァの口からそんな冗談みたいな言葉が出てくるとは思わなかった。とりあえず支度を整えて、刻限より早めに宮の一階へと出向いていく。相手を待たせるわけにはいかないと急いでみるも、客間にはまだ目当ての人は見えなかった。格好のつかないまま私たちはふかふかの椅子に腰を下ろしていく。
それにしても妾の女性がわざわざ私を訪ねてくるなんて、普通だとあり得ない気がする。ただの挨拶まわりか、私のことを偵察しに来たのか。将来妃になる可能性が高い私と、妾である女性の組み合わせは最悪に近いのではなかろうか。とりあえず良くないことが起こりそうだと憂鬱な気分だった。
扉を数回叩く音がして、従者が確かめるために先行する。客であることが示されたので私は向こうの人に入ってくるよう促した。
「ごきげんよう……。この度はお目通り叶いまして、恐悦至極です」
甲斐甲斐しく腰を折りまげてくる。長い黒髪で赤い目をした、いかにも幻惑を使ってきそうな女性である。メイス・ヴァロワ。彼女は新しく妃となる私へのご挨拶のため訪問してきたと口上を並べた。
「ラルカ・ハインツと申します、初めまして」
「ふふっ、ご丁寧に。どうぞ初めまして」
相手は怪しさを隠しもせずに、私にゆっくり近づいてきた。こちらへと接近を阻むように従者たちが塞がるが、女性は気にも留めずに突き進んでくる。
「なるほど……ホントに美人。『まざりもの』の申し子みたいな顔立ちですわね」
「無礼ですっ!!メイス様、この場はジークラント公爵殿下の妃になられる御方の前ですよ!!」
「わかっていますとも。エヴァさん。ちょっと見ない間に痩せて怒りっぽくなったの?」
エヴァの怒鳴り声を聞くのは初めてで、軽くのけ反ってしまう。私とこの女性を絶対に近づけたくないらしく周りは猫みたいに神経を尖らせていた。女性はため息をつきながら、迫る勢いをおさめて姿勢を正していく。
「ジークラント家との婚姻に指名なされたこと。実に喜ばしいですね」
「えっと……そうやって言う人が多いのですけど、まだ私は公妃になると決めたわけでは」
とても神秘的で大きな目。血の色みたいに奥は濁っている。それにぴたりと目を合わせていた私は、なんだか落ち着かない気分に陥ってしまう。
「いいえ。ラルカさんは必ず日月公妃になります。そしてジークラント家に生涯を尽くされていく」
「え?」
「うーん。すごい……、あなたの最期は誰よりも興味深いものになりますよ。最っ高で最悪な死に様のままにて」
すごい堂々と、自信満々な顔つきでいる。この魔女みたいな風貌の人はいったい何を言っているのだろうか。私の死に様?どこから冗談を言っているのかわからない。
私があからさまに混乱しているのを慮ってか、女性はさっと目線を外してくれた。見た目がそれっぽいだけで人情や気遣いが無いわけではなさそうである。
「安心してくださいラルカ様、この女性の言うことは嘘ばかりです。誰にでも死に様がどうとか言ってくる似非占い師なんですよ」
「心外だわ」
「わたくしも言われましたし、『みじめで意味のない最期』だと。適当言うにしてもひどすぎます」
「ふふっ、そう視えたのだから仕方ないじゃない」
にわかには信じがたいが、これがエヴァの言っていた胡散臭い力というやつなのか。エヴァは私怨たっぷりの台詞を放って嫌悪を滲ませている。心底嫌っているように感じられたが、女性と彼女の距離が近いせいだからだろうか。互いに知り合った仲みたいに見える。
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