日月物語~亡国公妃の美しき末路について~

芽吹鹿

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17初潮

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 敵は数騎。夜の森に隠れながら襲えば、確実に追い払える数だ。しかし千載一遇の逃げる機会を逃すわけにもいかないので、自ら敵に挑むことはしない。

 矢じりのついていない矢竹が勢いよく飛んでくるため、その対応に必死だったこともある。背中を突かれたら十中八九で落馬してしまう。私は剣を振って、私と馬に迫る弓矢を払い続けた。

「当主ルキウスの弟、カールだ!!臆してないでこちらに来いハインツの女神よ!!」

 大声で、安い挑発を続ける相手がいた。公爵の弟だと名乗るそいつも、私に追いつくほどの熟練の馬使いと見て良いだろう。さすがは天下の公爵家が従えている人材なだけはある。

 月が琥珀色の光を大地に降り注いでくる。私はぐんぐんと丘を越えて荒れた原野にまで出てしまっていた。木で隠されていた私の身は、後ろを走る奴らの夜目によって暴かれていく。

「あそこだっ、ぜったいに逃すな!!」

 天の機嫌も奴らの味方であった。私は弧を描くように急旋回して、帝国兵を振り切りながら東の森林に迷い込んでいく。道のない厚みのある雑木林を進み、どこまでも人気のない奥地を目指した。
 咄嗟の行動だったが森に潜んだことは悪い判断ではない。時間をかけて追手を撒くより、さっさと身をかわして頃合いを見ながら北に行くことができるからだ。そうすれば朝がやって来るより先に国を出られる。

「はぁ……あぁ」

 舐めていた。正直あそこまでジークラント家の馬術が優れているだなんて想像だにしていなかった。
 私は途中で湖に立ち寄って、馬に水を飲ませた後、休みもほどほどにまた動き始める。できるだけ音をたてたくないので慎重に馬は引いて歩いた。

 私は息のあがった身体を鎮めようと頑張っていた。予想以上に疲れを感じ、自分の足がもたついているのがわかる。頭の眩暈が治らず腹の底がほのかに熱くて痛い。いきなり激しい運動をしたせいで、肉体が調子を出せずに驚いているのだと思った。だが慣れていくはずの身はまったく元通りに回復しない。

 私はついに我慢できなくなり、木の間に足をかけて身を横たえた。ひどい脂汗を服の上から感じる。私は鞄から拭くものを取り出したいのに、手が一向に上がらない。熱に浮かされて心身が融解したようにバラバラになっていく。

「痛っ……」

 下腹部の鋭い痛み。じわりと何かが漏れ出す感覚が追い討ちをかけてくる。便意もないのに、泥状のなにかが止めどなく尻穴から流れてくる。まずい。これは、自分の経験したことがない痛みだと強く感じる。苦しいのに動けないと危機感を募らせる私を見て、馬が察したように頭をすり寄せてきてくれた。

 汚いが、下衣に手をいれて液体の出どころを探った。それが間違いなく尻から出ているとわかり、私の冷静さは完全に打ち砕かれることとなる。

 手についた鮮血が月のもとでゆらゆら照らされている。激しく打つ胸の鼓動。吐き気。これまで忘れていた自らの性質と、遅すぎる子宮の活動について。私のあらゆる全神経が訴えかけてくるが、それを一息にのみ込むことはできなかった。

「は、は……うそだ」

 初潮だ。20歳で。血で滲む手を見つめながらゆっくりと理解していった。どうやらこの身は最悪の瞬間に『まざりもの』として開花してしまったらしい。そうか、私はここで普通の男ではなくなるのか。

 こんな滑稽な話があるか。逃げ惑った先で、身体の異変を迎えるだなんて。我が身の勝手さに悲しいという感情すら湧いてこなかった。
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