跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

文字の大きさ
上 下
47 / 75

47扉を叩いて③

しおりを挟む
こちら、急きょ加筆した部分です。編集を何度か加えることをご了承ください。
~~~~~

 侍女たちの震える手指が、緊張を伝播させていく。この瞬間も目の前の状態が変わり続けている。すべてを把握することは困難だったが、はっきりとこれだけは言える。


 皇太子の一言をみんなが待ち望んでいた。
 貴人の次の言動を期待したし、恐れた。どのような仮の未来も容易く想像ができてしまったから。どのような場面の対応をしても手遅れに感じたのである。


 踏みとどまったアルベールのすらりとした足も、腕もそうとうに脱力しきっている。顔は扉に傾けたままで、体重を預けている。だから、どんな表情をつくっているのかわからない。


 アルベールは扉越しを確かめながら、自分の声の出しどころを探っているようであった。
 今しがた泣いているハヤセのことを心配するあまり、声を出せなかったのかもしれない。どちらにせよアルベールは石のように固まって、ゆっくりと息をするだけ。


 「俺は……」とアルベールが口を開いた時、誰もが息をのんだ。


「俺は……、俺はずっと。お前のことしか考えてこなかったんだぞ」


 高ぶるものを抑えながら。歯を食いしばり、声を絞り出していく。ゆっくりと、頭のなかから取り出すような丁寧さで。アルベールはハヤセに恋を抱いたばかりの頃を思い出していた。


「愛してくれるかだって?そんなの当たり前だろっ……!!どれほど、どれだけ俺がお前のことを恋しいと思っているか」


 ハヤセには、この不器用な自分の気持ちが伝わらないのだろうか。それとも分かり辛かっただろうか。あれほど想っていたというのに。ひたすら晒して、恋という心の痛みにも耐えてきたというのに。
 どうか気づいてほしい。すぐにでも自分の想いを受け取ってほしい。


 アルベールのひたむきな気持ちが、扉越しに放たれていく。すべての感情をぶつけても、その相手には届きそうにないかもしれないが。


「愛している。愛しているんだよっ、俺は。俺はハヤセのことを」


 喉の奥底から出た言葉を、言わずにはいられなかった。皇太子としての体裁なんかここではいらない。今は、昔と同じでいい。「愛している」と連呼すれば彼に届くかと思って、もう無心だった。

 ハヤセはまだ泣いているかもしれない。呆れているかもしれないし、情けない自分に笑っているかもしれない。相手の反応をうかがう暇もないくらい、切羽詰まっている。どうしても彼を引き留めたくて、扉に張りついている。少しでも近づきたくて。


「離れないでくれ。俺と一緒にいて……もう居なくならないでほしい」


 泣き言が続く。彼をこのまま抱きしめたい。
 でも、2人の間には、この扉のように大きな隔たりが残されている。愛を求めているというのなら、ハヤセはこの扉を叩いてでも開けているに違いない。だが依然として、ハヤセは部屋に隠されたままだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

没落貴族の愛され方

シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。 ※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...