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69踊り
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残す回廊をハヤセは自らの意思でカツカツと歩み進めていった。
鳴りやまない音楽。激しい鼓動がする。それらを押し払った先、長らく求めていた人の姿を、部屋を跨いでようやく目にすることができた。
「久しぶりだなハヤセ」
心地よい声が掛かってくる。光よりも煌めいて見えるその人。だだっ広い会場で、ハヤセは彼にしか焦点を合わすことができなかった。
「おかえりなさい、アルベール」
「おう。ただいま」
何も変わらない。少しだけ肉付きがよくなった気がするが微々たる差しかない。その金髪は騎士の兜に収まっていたように小さくまとまっている。普段の男らしい髪形にじき戻るのだろう。
「ずっと待ち焦がれてた」
「俺もだ。戦場でいつもお前を想ってた」
アルベールはボロボロの服装をしている。だがそれ以外は傷もなさそうで、疲れ気味の様子は相変わらずだった。
「めざましい活躍だったと。輝かしいご戦勝をお祝い申し上げます」
「ふっ、お前に言われるとなんだか照れ臭いな」
アルベールは口元だけ笑ってそう呟いた。そして無駄な手間を省くように、ハヤセの手を両方握り添えていく。
冬から春にかけてはろくに会えずじまいだったのだ。互いに触れたいと求めるのが自然だった。
「髪を切ったのか。長髪も好きだったけど、今の方がハヤセにすごく似合ってるな」
「うん……ありがとう」
「でも変わらずに女装しているんだな」
勢いよく身を引かれたハヤセはわずかに姿勢を崩した。よろつく重心をアルベールに預けたきり、ぴたりと両者は硬直する。
「貴族に気を遣うためなら仕方ないよ。僕の恰好が変わったら、みんな驚くでしょう」
「嘘つけ。ヒールが目立たないようにするためだろ?」
「な……、違うよ!!違うもん!!」
「あっはっは!!お前が身長のことを考えているのはお見通しだ」
からかいの言葉と、眩しすぎる笑顔が注がれる。足下を注意深く見ていたアルベールはハヤセの考えを推し測ったらしかった。
「本当に違うから!!ねぇ、アルベール」
「底の厚い靴なら男物でもいっぱいあるだろうに。はははは!!」
「違うって。変な憶測はやめてよ」
抱腹絶倒のアルベールは言葉でハヤセをいじりながらも、その手はやさしく相手を撫で続けていた。大きな手が絶妙な力加減で肌に触れる。慈しみという言葉がこれほどふさわしい所作だって他にはない。
「ハヤセの顔を見たらつい嬉しくて、はしゃいでしまうな」
むさ苦しい甲冑に身を包む騎士たちのどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。アルベールの配下たちも、無礼講のように会場で盛り上がっていた。アルベールもハヤセもそれを見ているとワクワクと心が楽しくなってくる。
「一緒に踊るか」
唐突なアルベールの誘いにドキドキと心をときめかせながら。ハヤセはすんなりと言葉を受け入れた。二人は手を繋いで、会場の中央へ。眩暈がするほどの熱気と輝きのするところまで来てから立ち止まる。
楽団の演奏が耳の奥にまで強く響く。
そこでは皆が思い思いの表現で踊りに耽っていた。ふらりと現れた皇太子と妃のことを気にかけながら。華麗ではないが、ただし踊りの流れを人々は止めることはしない。誰もがこの場では自由だった。
「もたつくなよ?」
「そっちこそ。ヒールに踏まれないように気をつけてね」
二人は呼吸を整えつつ、音楽の構成を頭にいれていった。挑戦的な眼差しを一度送りあって、次に会えなかった時間を埋めるように身体を抱き合う。
「今夜は俺たちのものにしよう。最高の踊りでこいつら全員を驚かせてやるんだ」
「ふふっ。なにそれ、そんなことできるかな」
指揮者が手を挙げると一斉に合図が解放される。タイミングを見計らって、彼らは踊り場にさっそうと上がっていった。
鳴りやまない音楽。激しい鼓動がする。それらを押し払った先、長らく求めていた人の姿を、部屋を跨いでようやく目にすることができた。
「久しぶりだなハヤセ」
心地よい声が掛かってくる。光よりも煌めいて見えるその人。だだっ広い会場で、ハヤセは彼にしか焦点を合わすことができなかった。
「おかえりなさい、アルベール」
「おう。ただいま」
何も変わらない。少しだけ肉付きがよくなった気がするが微々たる差しかない。その金髪は騎士の兜に収まっていたように小さくまとまっている。普段の男らしい髪形にじき戻るのだろう。
「ずっと待ち焦がれてた」
「俺もだ。戦場でいつもお前を想ってた」
アルベールはボロボロの服装をしている。だがそれ以外は傷もなさそうで、疲れ気味の様子は相変わらずだった。
「めざましい活躍だったと。輝かしいご戦勝をお祝い申し上げます」
「ふっ、お前に言われるとなんだか照れ臭いな」
アルベールは口元だけ笑ってそう呟いた。そして無駄な手間を省くように、ハヤセの手を両方握り添えていく。
冬から春にかけてはろくに会えずじまいだったのだ。互いに触れたいと求めるのが自然だった。
「髪を切ったのか。長髪も好きだったけど、今の方がハヤセにすごく似合ってるな」
「うん……ありがとう」
「でも変わらずに女装しているんだな」
勢いよく身を引かれたハヤセはわずかに姿勢を崩した。よろつく重心をアルベールに預けたきり、ぴたりと両者は硬直する。
「貴族に気を遣うためなら仕方ないよ。僕の恰好が変わったら、みんな驚くでしょう」
「嘘つけ。ヒールが目立たないようにするためだろ?」
「な……、違うよ!!違うもん!!」
「あっはっは!!お前が身長のことを考えているのはお見通しだ」
からかいの言葉と、眩しすぎる笑顔が注がれる。足下を注意深く見ていたアルベールはハヤセの考えを推し測ったらしかった。
「本当に違うから!!ねぇ、アルベール」
「底の厚い靴なら男物でもいっぱいあるだろうに。はははは!!」
「違うって。変な憶測はやめてよ」
抱腹絶倒のアルベールは言葉でハヤセをいじりながらも、その手はやさしく相手を撫で続けていた。大きな手が絶妙な力加減で肌に触れる。慈しみという言葉がこれほどふさわしい所作だって他にはない。
「ハヤセの顔を見たらつい嬉しくて、はしゃいでしまうな」
むさ苦しい甲冑に身を包む騎士たちのどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。アルベールの配下たちも、無礼講のように会場で盛り上がっていた。アルベールもハヤセもそれを見ているとワクワクと心が楽しくなってくる。
「一緒に踊るか」
唐突なアルベールの誘いにドキドキと心をときめかせながら。ハヤセはすんなりと言葉を受け入れた。二人は手を繋いで、会場の中央へ。眩暈がするほどの熱気と輝きのするところまで来てから立ち止まる。
楽団の演奏が耳の奥にまで強く響く。
そこでは皆が思い思いの表現で踊りに耽っていた。ふらりと現れた皇太子と妃のことを気にかけながら。華麗ではないが、ただし踊りの流れを人々は止めることはしない。誰もがこの場では自由だった。
「もたつくなよ?」
「そっちこそ。ヒールに踏まれないように気をつけてね」
二人は呼吸を整えつつ、音楽の構成を頭にいれていった。挑戦的な眼差しを一度送りあって、次に会えなかった時間を埋めるように身体を抱き合う。
「今夜は俺たちのものにしよう。最高の踊りでこいつら全員を驚かせてやるんだ」
「ふふっ。なにそれ、そんなことできるかな」
指揮者が手を挙げると一斉に合図が解放される。タイミングを見計らって、彼らは踊り場にさっそうと上がっていった。
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