跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

文字の大きさ
上 下
55 / 75

55イヴの受難~甘いもの➀~

しおりを挟む
 動乱から数日が経った。かん口令の布かれた中枢部では、いまだに役人の外出規制が継続されている。
 そんな折りに女官と侍女の数人が冬宮殿に召し出される出来事があった。


 皇家の勅令という形でなされた指名。呼び出しを受けた彼女たちの周りは気が気では済まなかった。先の一件もあることだし、廷臣の動向に上層部は敏感になっているはずである。

 レイフィールドの内通者として疑われているのではないか。彼女たちをそのような視線で見る人々も少なくなかった。


「さようなら……イヴ…………」


 女官のイヴ・ハーツの周りでも同じような現象が巻き起こっていた。せん別のように、憐れな風に同業者たちに見送られる。まるで死別するかのような勢いで泣く同輩たち。明日は我が身だと、身に覚えのない罪に怯える彼女らを見ていると、イヴは少しだけ申し訳なく思った。


(俗世とおさらば、ってやつかしら)


 自分が死ぬわけがないのに。昨夜のお別れ会の流れを思い出しながら、冬宮殿の所定場所に立ち尽くす。同じ要件で入ってくる女性のコツコツと鳴らす靴音、あとは侘しげな静寂を耳にした。


「集まったようね。では今回の招集の目的を端的に伝えていきます」


 新任の女官長が場に現れたことで、皆が緊張感を宿すことになる。恐怖よりも訳の分からない不安がイヴのなかでも迫ってくる。


「まず誓いなさい。法令通り他言は厳禁です。先日、尊き我らが皇太子殿下がご成婚と相成りました。それに伴なって、皇太子妃となられる方の従者が不足している事。これを皇后陛下が由々しき問題だとして取り上げられています」


 「経緯はこのようなものです」と女官長は一息に言ってしまう。
 ご成婚?従者?キョロキョロ周りに目をやっている女性をイヴは目にした。同じように混乱している仲間がいないか探しているのだろう。


 残念なことに、自分はその期待に応えられそうにない。周りの人もきっとそう、大半がわかりきっているのではないだろうか。


「もうわかりますね?今日よりあなたたちは、妃となられる御方の侍女として励んでもらうことになりますよ」


 皇太子はもう婚約なさったのかと衝撃は受けるは受ける。その次に、自分が無実の罪をきせられなくて良かったと安心感がほのかにやって来た。

 女官長の顔つきも先ほどより柔らかい。このような重大なことを告げるため、相当な気負いをしていたのだろう。言い切ってすっきりした彼女は「頑張ってね」と事も無さそうに迷惑な声援を送ってくる。やかましいとイヴは思った。


「あの……お妃様とはいったい誰なのでしょうか」


 端っこに並び立つ女性が質問をうっかり口にした。ここまで噂が広がっているのに尋ねる必要があるだろうか。あまりに愚問がすぎるだろうと、空気を読めない人の声には多くが鼻で笑った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

処理中です...