跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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45扉を叩いて①

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 宮仕えを退いていたハヤセだったが、その間に何度もアルベールは彼のもとを訪ねようとしていた。

 ハヤセが倒れたことはアルベールも耳にしている。それだから彼の身を案じ、己の愚行を常に詫びたいと思っていた。また、何も知らない今の状況は辛く、自分の身が張り裂けてしまいそうであった。
なんとも自分勝手はなはだしいことだ。恋慕う相手を傷つけておいて、よく抜け抜けと言える。

 だがそれでも、ハヤセとの関係をずるずると引き伸ばすことは断じて避けたかった。我慢のいかないアルベールは行動するしかない。

(エイナ宮でのことを反省したい)

 幼馴染からの誘惑にどうしても昂ぶりを抑えられなかった。欲望を制することのできない皇太子なのだと、ハヤセは失望しているかもしれない。合わせる顔がないことは承知の上である。



 冬宮殿の最上階。
 皇帝と皇后だけの室しかない。ここにおいて、アルベールは再三にわたって面会を求めた。望む相手はもちろん決まっている。


「一目会いたいんだ。少しだけ許してくれないか」


「申し訳ありませんが、わたくしどもには権限がありませんので……」


 ハヤセの身が心配だと詰め寄る。が、皇后側はそのたびに面会を拒んでくる。侍女たちに口添えを頼んでみても、効果はない。人目を忍んで会おうとしても、すぐに見つかって門前払いされてしまった。


「殿下。毎夜のように来られていますが、無理なものはどうしても無理でございますよ」


「では顔は会わせなくても良いから。扉越しでいいから、話しをするだけお願いできないだろうか」


 侍女たちも職務がある。手を替え品を替えれば許してくれるほど甘くはない。情に訴えても無理なことくらい、アルベールもわかっていた。でも手段を選んでもいられない。ここで引いてしまえば、またいつものように無駄足に終わるだけだ。


「いつも言っているとおりです。ハヤセ様の傷が完治するまで、皇后陛下はお認めになりません」


「それでは困る。ハヤセは俺の妃になるのだから」


 面前で聞いていた侍女が、目を白黒させる。「きさき?」と一人が変な語調で訊き返してくるが、彼女らの困惑に付き合っていられるほど、アルベールに心の余裕はない。一刻も早く、彼に会いたかった。


「そうだ。妃にする、それを直接報告しに行きたいんだ」


「いえ、でも規則がありますので……。陛下の言いつけもありますし」


「母上は関係ない。俺とハヤセの問題なんだよ」


 おろおろと目を泳がせる侍女は、判断を迷っている。この瞬間をアルベールは見逃さなかった。


「ハヤセの声を聞きたいんだ。すまないが、ここは押し切らせてもらう」


「あっ。ちょっと殿下!!」


 許してくれ、と小さく口にしながらアルベールは奥に向かい進んでいく。強行突破だが、冷たい廊下での押し合いをくぐり抜けた。

 お節介なことにぞろぞろと後ろから侍女がついて来ている。皇太子が万が一でも部屋に入らないよう見守るためだろう。

 少し邪魔くさいが、彼女らが証人となってくれるはずだとアルベールは前向きに思うことにした。




「ハヤセ、なぁ起きてるか?」


 求めていた部屋の前までやって来て、扉を数回叩いた。壁一枚を越えたら意中の相手はいるはずだ。進みたい気持ちを堪え、そこでアルベールは歩みを止めて、言葉をつづけた。


「扉は開けないから安心してくれ。侍女が周りにいるから前みたいに話しこむことはできないかもな。でも少しでいいから、俺との話しに付き合ってくれないか?」


 反応があろうとなかろうと、構わない。ハヤセが起きていようが寝ていようが、何度も訴えかけるだけだ。


「ハヤセ、すまなかった。お前がどれだけ重いものを背負っているのかもわからないのに、俺は馬鹿で浅はかで……」


 包み隠さずに言おうと決めた。
 この場で誰よりもハヤセの秘密を知っているのは自分、ではないかもしれない。悲しいことだが昔のままではいられず、今のハヤセと向き合うことも避けてきた。すべては自分の振る舞いが招いたことであったのだ。


「今でもお前が何を考えているのかわからないんだ。エイナ宮でどうしてお前が、あんなことを言ったのかさえ。俺はまだわからないんだよ」


 3回ノックした。返事はない。
 どこかで気持ちが食い違って、心が離れていった。このまま離れていくのは辛い、あまりに辛すぎる。
 この先にハヤセが隣にいないと考えるだけで、怖くて仕方がなかった。


「話しをしよう。俺たちがどうでもいいことでまた笑い合えるように、いっしょに辛いことを乗り越えられるように。お願いだ……」


 都合がいいだろう。ハヤセのためと言いながら、これは自分のためでもある。愛しい人を失いたくないと闇雲に行動しているに過ぎない。アルベールは幼馴染を想うたびに自分の傲慢さに気づかされていく。いかにも我儘な皇族らしい、滑稽だと笑いが聞こえてきてもおかしくはない。


 静かにしばらく待った。声をあげず、扉にも触れずに部屋内の物音に耳をたてている。
侍女たちが扉とアルベールの顔を交互に見やる。どちらも黙りこくって、神経を研ぎ澄ませている。


一つ、コツンと小さな音が鳴った。間違いなくドアの向こうからの応答であった。
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