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43流転
しおりを挟むハヤセの療養生活は、予定では一日で終わるはずだった。それをさらに引き延ばすよう最初に提言したのは、皇后の呼びこんだ侍医であった。
「絶対安静です。少なくとも三日はご自愛なさいませ」
皇后は抜け目のない処断を次々下していった。ハヤセの身体がボロボロとわかるや彼の女官職を解いて、業務をすべて手放すよう令した。
皇家の私室と隣りあう空き部屋をハヤセに与え、外出を禁じる。皇家専属の従者を何人も召し出しては、ハヤセの動きを細々と知らせる役目さえ設けていった。
「今は辛抱なさい。またきっと仕事を頼むことになるでしょうから」
これにて女官長はお役御免。もう戻ってこない職位なのだとハヤセはいち早く気づくことだった。
皇后からの宥めの言葉。撤回を懇願しても、我慢せよと同種の答えが返ってくるばかり。
なんと呆気ないことだろう。頼りのない我が身では受け入れる選択肢しかないと、ハヤセは悔しい気持ちを押し殺すのみだった。
~~~~~
「宮でなにか問題が?」
「まぁ……少しだけ」
外部の情報は丸ごと遮るつもりなのだろうと、新たな居所に来てから魂胆はわかっていた。
単に世間話をする感覚であったのに。だが訊いても言葉を濁してくる世話係たちに、ハヤセはやきもきした。わかっていてもなお、冬宮殿にありながら情報が耳に入らないのは落ち着かないことだ。
(女官たちは大丈夫だろうか)
ほとんど軟禁に近い生活の中、ハヤセはずっと仕事のことを考えていた。無理やり解任された身であっても、後任する者のためにも業務を忘れてはマズいだろうと。暇な時間のほとんどを仕事用のメモ書きに費やしていた。
そうこうしていると、三日はあっという間に過ぎた。しかし皇后はハヤセの宮廷復帰を頑なに認めなかった。理由はまたしても明確にせず、やんわりした説得がなされるだけ。
身を匿うためか、それともただのお節介なのか。是が非でもハヤセを外へ出したくない皇后の心の内が明るみになっていく。
「まだ殿下の方が万全ではない」とか「病み上がりでは業務は務まらない」なんて言い方をされては、いじっぱりのハヤセも一歩引かざるを得なかった。
三日目の夜。訪れるはずのなかった晩餐の席。その卓上の様が激変したことに、ハヤセは大いに驚くことになる。
給仕役が倍となり、食器の量も数倍増した。一目瞭然、廷臣に給する規模でないとすぐにわかるものであった。毒見役が後ろに張り付いていて、多量の膳が次から次へと持ち込まれる。
仰々しさに胃もたれを起こしそうだと思いながらもハヤセはありがたく食膳を手に取った。
「もし、どうして今日の食事は豪華なのでしょう?催し事は無いと思うのですが」
「ハヤセ様。これからはずっと、そのようになるのですよ」
配膳を担う人の言葉を、聞き手は重々と受け止めた。
「………そうですか。また贅沢に、なりましたね」
今までのハヤセなら一日一秒を噛みしめるように過ごしていたことだった。しかしこの頃は違った。
何を午前中にすればいいのか。午後の清掃業務が無ければ、自分はどこにいればいいのか。部屋に缶詰め状態のハヤセは悶々と自問する。
そうして答えは出ず、あてもなく、ただ漫然と窓の同じ景色を眺めているだけであった。
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