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※次次回以降、R18シーン投下していきます。ご注意を
~~~~~~~~~~
耳目を凝らしていた女官のもとにようやく届けられる声。それは憎悪に満ちた、未だかつてないほど物騒なものであった。
「この……盗っ人がっ!!!!」
廊下をこだまする、肉を打つ音がした。
中庭での女官長とストロガノフ令嬢、二人の会話すべてを盗み聞けた者はいなかった。ただその不気味な対面に備えはしてあった。
ストロガノフ令嬢が、宮中一の美女に掴み掛かっている。その報告は現場を騒然とさせ、廷臣は二人の引き離しに取り掛かるのだった。
「恥知らず……!!どこまで人を愚弄すれば!!」
先まで冷静だった令嬢が、ひどくご乱心だ。
怒り心頭の令嬢と、すんと取り澄ました女官長の対比。二人の姿がつり合うようにその場に映る。
殴打された女官長の頬には赤い鮮血が飛び散っていた。白磁のような玉の肌から鮮やかな血が痛々しく滲み出ている。その箇所を追い打ちしようとした令嬢を、従者が勢いよく飛び込み抑えた。
「お嬢様。これ以上はいけませんわ」
女官長の側にも、女官のイヴらが身を挺するように上司をかばった。
「せいぜいが卑しい妾……。あんたの野望はそれぐらいがお似合いだわ!!もうじき全てが終わるってのに、夢なんか見やがって!!」
男に位を取られたとあっては家の名折れだ。ここで洗いざらいバラしてしまいたいのに、エレオノラはそこまで覚悟を抱くことはできなかった。一族を背負う重圧に、若い女性が耐えきれなかった。
どうして令嬢が取り乱しているのか。人払いが徹底された弊害で、現状を把握できていた人間はいない。二人の因縁だけが場を支配している。
さっさと両姫君を別離して、穏便な方法でことを治めたいというのが廷臣の願いであった。でなければロイス帝国は、家どうしの対立から火種を生んでしまう。火種は、混乱の時代に逆戻りしかねない火力を孕んでいる。
皆の頭には最悪のシナリオが無限のように巡っていた。
「悪役にふさわしいわ、、貴方はっ!!!!死んでも死にきれないでしょう!!残念ねっ、、全部わたしがバラしてやるんだから」
意思疎通は困難だった。ゆえに発狂の最中にあるエレオノラは、冬宮殿から締め出しを申し受けた。父の侯爵とも合流がなされぬまま。従者たちに抱えられるようにして宮門を抜ける。
罵詈雑言を喚きながら宮殿を去っていく令嬢の姿に、腰の引ける廷臣が多くあった。
イヴからの手当てを受けたハヤセは、その後迅速に仕事へと戻っていった。ストロガノフ侯爵を廊下で拾って、令嬢とともに退場を進言する。これには相手も文句こそあれ素直に応じるようであった。
「あれは感情的になりやすいんだよな、どうも。母親に似たのかなぁ」
侯爵はとぼとぼと歩きながら愛娘の状態を案じていた。下卑た笑いをする侯爵に、ハヤセは目礼を返すだけであった。
夜。宰相に提出するための報告書をまとめ、今日の業務を時間通りに記録する。来客の応対でこなせなかった仕事は明日に持ち越しである。
次回の人員を確認し、どこにどれだけの配備をするか再検討が必要だろう。年末の大陸祭に向けての支度もある。
客に構っていられないほどハヤセの仕事は山積みだった。
ハヤセは手帳に書き込みをしていった。つらつらと、仕事を締めくくりながら頭を冷やすように。他のことは何も考えず。ただひたむきに紙と向き合う。
(自分が人を狂わせてしまったんだ)
ふいに一滴、目から涙がこぼれた。
だがそれに遠慮はせず、雑念を捨て去るように手を動かす。ひたすらインクが滲むまで文字を書き殴った。
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耳目を凝らしていた女官のもとにようやく届けられる声。それは憎悪に満ちた、未だかつてないほど物騒なものであった。
「この……盗っ人がっ!!!!」
廊下をこだまする、肉を打つ音がした。
中庭での女官長とストロガノフ令嬢、二人の会話すべてを盗み聞けた者はいなかった。ただその不気味な対面に備えはしてあった。
ストロガノフ令嬢が、宮中一の美女に掴み掛かっている。その報告は現場を騒然とさせ、廷臣は二人の引き離しに取り掛かるのだった。
「恥知らず……!!どこまで人を愚弄すれば!!」
先まで冷静だった令嬢が、ひどくご乱心だ。
怒り心頭の令嬢と、すんと取り澄ました女官長の対比。二人の姿がつり合うようにその場に映る。
殴打された女官長の頬には赤い鮮血が飛び散っていた。白磁のような玉の肌から鮮やかな血が痛々しく滲み出ている。その箇所を追い打ちしようとした令嬢を、従者が勢いよく飛び込み抑えた。
「お嬢様。これ以上はいけませんわ」
女官長の側にも、女官のイヴらが身を挺するように上司をかばった。
「せいぜいが卑しい妾……。あんたの野望はそれぐらいがお似合いだわ!!もうじき全てが終わるってのに、夢なんか見やがって!!」
男に位を取られたとあっては家の名折れだ。ここで洗いざらいバラしてしまいたいのに、エレオノラはそこまで覚悟を抱くことはできなかった。一族を背負う重圧に、若い女性が耐えきれなかった。
どうして令嬢が取り乱しているのか。人払いが徹底された弊害で、現状を把握できていた人間はいない。二人の因縁だけが場を支配している。
さっさと両姫君を別離して、穏便な方法でことを治めたいというのが廷臣の願いであった。でなければロイス帝国は、家どうしの対立から火種を生んでしまう。火種は、混乱の時代に逆戻りしかねない火力を孕んでいる。
皆の頭には最悪のシナリオが無限のように巡っていた。
「悪役にふさわしいわ、、貴方はっ!!!!死んでも死にきれないでしょう!!残念ねっ、、全部わたしがバラしてやるんだから」
意思疎通は困難だった。ゆえに発狂の最中にあるエレオノラは、冬宮殿から締め出しを申し受けた。父の侯爵とも合流がなされぬまま。従者たちに抱えられるようにして宮門を抜ける。
罵詈雑言を喚きながら宮殿を去っていく令嬢の姿に、腰の引ける廷臣が多くあった。
イヴからの手当てを受けたハヤセは、その後迅速に仕事へと戻っていった。ストロガノフ侯爵を廊下で拾って、令嬢とともに退場を進言する。これには相手も文句こそあれ素直に応じるようであった。
「あれは感情的になりやすいんだよな、どうも。母親に似たのかなぁ」
侯爵はとぼとぼと歩きながら愛娘の状態を案じていた。下卑た笑いをする侯爵に、ハヤセは目礼を返すだけであった。
夜。宰相に提出するための報告書をまとめ、今日の業務を時間通りに記録する。来客の応対でこなせなかった仕事は明日に持ち越しである。
次回の人員を確認し、どこにどれだけの配備をするか再検討が必要だろう。年末の大陸祭に向けての支度もある。
客に構っていられないほどハヤセの仕事は山積みだった。
ハヤセは手帳に書き込みをしていった。つらつらと、仕事を締めくくりながら頭を冷やすように。他のことは何も考えず。ただひたむきに紙と向き合う。
(自分が人を狂わせてしまったんだ)
ふいに一滴、目から涙がこぼれた。
だがそれに遠慮はせず、雑念を捨て去るように手を動かす。ひたすらインクが滲むまで文字を書き殴った。
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