跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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27どこからどこまで

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 それからの毎日は、先のとおりアルベールとハヤセの接触で話題が持ちきりとなった。


 帝宮のいたるところで抱擁を交わす二人のやり取りは、冬宮殿にいれば、直で確認ができた。宰相や侍従長が嗅ぎつけるまでもなく、イヴのような女官も違和感が伝わっていく。
 大ぴっらに関係を示す皇太子の姿は、臣下たちには鮮烈に映った。


 聡く、思慮深い皇太子が女性との逢引を楽しむとは、万人が聞いても受け入れられないことだろう。だがその相手が「レイフィールドの至宝」ならば話は変わってくる。



 世間は二つの陣容に分かれて、皇太子と女官長について激論を飛ばし合った。一方は、皇太子には非は無くて、すべての責任は女官長にあるとする指摘を。
 対してもう片方は、二人の関係は肉体関係を伴わない純愛だという意見を持ち寄った。両陣営ともに一致するのは、女が男を誘惑したというただ一点である。

 肉体を交わし合ったかどうかは、人によって解釈が異なる。またどんな考え方でも、明確な不純行為。まだ未婚だからと二人を擁護する者は、皇太子の立場を考えてみろと糾弾される始末だ。
 ここにおいても、アルベールという人間への篤い信頼感は揺るがなかった。官民問わず国中に影響力が根強いことは、皇太子の不断の努力のおかげであろう。


「厚かましい女」


 二人の関係が広まるにつれ、ハヤセ・レイフィールドへの誹謗中傷が増えた。


 宮中では、やはりここでも皇太子に同調する者が圧倒的だった。ハヤセが冬宮殿で吐かれた陰口の数は、ゆうに百を超えていた。

 やれ皇太子を狂わせた人、許嫁から愛を奪った女、女狐。日常の公務でそれらが聞こえても、ハヤセはひたすらに沈黙した。黙ればそれだけ事態が膠着するが、悪化はしないだろうと見積もってのことだ。


「どうしてあれだけ堂々と宮中を歩けるのかしら」


 女官風情が。そう令嬢たちから鋭い言葉を受けても、ハヤセは動揺しない。反応すれば話題を焚き付けるだけ。自分の中にある最適解に辿り着くためにも、ここが正念場だとハヤセは己に言い聞かせる。


「あなた、巷でなんて言われているか知ってる?」


「さぁ……」


「皇子の都合のいい女、ですってよ。うふふ、すごい不憫な肩書きじゃありませんこと?」


 品のない言葉で人を嘲笑うのは、どこの世界でも変わらない。

 いや、でもそうだ。自分がやっていることは同じくらい下劣なこと。それを言われてしかるべきことを繰り返して、自分の墓穴を掘っているのだ。そうハヤセは思い直した。


「ねぇハヤセさん。女狐なんて言われると、非常に、ふふふ」


 どこにいても罵倒と嘲笑にさらされながら人間に阻まれる。仕事は過密に組み込まれてあるため、移動の妨害をされては遅刻のもとになりかねなかった。


 厚かましい女、それはそれで結構。自分は男だし。ハヤセは一線を超える決意などとうに固めていた。それゆえにアルベールとも接近することも迷わなかったのだ。


「わかりましたから、そこを退いていただけますか」


「はっ。たった一年で皇太子殿下のお妃気取りですか?ええ、どうぞお姫さま」


 今にも皮肉ってなじりたくて堪らないといった表情の女たち。それを軽く払って、ハヤセは次の仕事場に赴いた。




 朝礼も、宮内会議も、昼休みも、ハヤセの周りには蠅のように人がたかっていた。
 アルベールとの恒例となった集いも、もはや軽い公開処刑に等しい。そこでもやはり野次馬に絡まれるが、頑として反応することはしない。


「どうかこのままで……ハヤセ」


「はい殿下」


 昼過ぎの決められたわずかな時間。それが二人の唯一の時間であった。ただの世間話で終わることもあれば、頬に口付けされることもある。それらは飾り物の愛情表現であることは、ハヤセが一番理解しているところであった。


 だから相手からの触れ合いが増えていくにつれて、不穏さは増していった。


 いやまさか。皇太子は好きでこんなことをしているわけがない。自分の蒔いた誘いにも、毅然と拒んできた男だ。


 が、どうやら本気らしい。本気でアルベールは惚気ているらしい。そうハヤセが思い知ったのは、この疑似恋愛が始まって数日後のことだった。


「俺のどこが好きなんだ?」


 そんな質問をされて、ハヤセは血の気が引いた。


 曇りも陰りもないその瞳。演技ではない。本当に彼は自分のことを考えている。
 紛れもない愉悦の顔で訊ねてくるから、嫌でも感づいてしまう。幼馴染がまさか自分を本心から好いている可能性があるらしいことを。


「は……え?」


 その時になって、ハヤセは自分が最も大切にしていた友人の心を、最悪の形で弄んでいることに気づいた。


 あの晩。ハヤセは泣き落とし、必死に要求を訴えた。父の言伝通りに。
 しかし恋慕という言葉を使って告白してみても、相手は意にすら返さなかった。非常に頑強なアルベールの姿が、その場では印象的であった。

 鮮緑の間でアルベールが首を縦に振ったのは、単に自分にとことん甘くて優しいからだと思っていた。


「ハヤセは……俺を想ってくれていたのだな」


「え……ええ」


 寄る辺ない気持ちで、ハヤセは小さく相槌を打つ。ハヤセの目は泳ぐしかなかった。アルベールはハヤセの誘惑の言葉も、振る舞いもすべてを鵜呑みにしていたのだから。
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