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24自制
しおりを挟むアルベールは最初、自らの心がどうしてくすぶり続けているのかわからないでいた。
女官の集まりを見ただけで心臓の鼓動が早まっていく。原理は曖昧だ。だがドクンと血の巡りが強くなっていくことがわかる。抑えようのない高ぶりが迫ってくる。
「女官長」
そう周りに呼ばれた彼が姿を現すと、えもいわれぬ安堵感と歓びが頭を巡っていく。まるで緊張の糸が解けるみたいにハヤセと対面すると力が抜けるのだ。いつも通りの綺麗な横顔を見ただけで、ため息が漏れた。
「おはようございます。皇太子殿下」
なによりこのやさしい声に癒される。四六時中、帝国の国事に携わっていると心の余裕が失せていくが、彼と面するわずかな時間だけは違う。
心が満たされていく。
対面する儚げな微笑も、健気に礼する彼の動きさえも愛おしく思えてくる。十分に満足だ。そう意識しているのに、胸の内はなぜか晴れない。ハヤセと会えて良かったと満足する自分と、これは不本意だと訴えてくる自分がいる。
アルベールの悶々とした日々は懸命であった。
帝国のために尽くそうと日夜奮闘してみるが、頭の片隅には絶対にハヤセがいた。それではいけないとさらに仕事に没頭すると、従者や執事の制止が入る。「働きすぎです」というのは、アルベールにとって予想外の警告であったし余計なお世話だった。
ハヤセに会いたい。
油断しているとすぐにこれだ。まるで女を求める男のそれではないか。自制が足りないと己を叱りつけ、また机にしがみつくように書類と対峙する。繰り返し。同じことの繰り返しだった。
「ハヤセ」
唐突にその単語が出てきてしまえばアルベールの熱は留まることがなかった。従者たちの不安をよそに、苛々と、焦燥感が湧き上がってくる。
顔が赤くなっていると執事や宰相から言われても取り合うことはしない。使用人など相手にしていられないから、仕事に関わりそうなことだけ適当に伝え行く。あとは公務だ。
自制、自制である。意識して彼とは距離をおく。
最も大切なのはロイス帝国のこと。その次にロイゼン家。その次に友のこと。
一瞬でも気を抜かせば、あの顔が浮かんでしまい情緒がかき乱されてしまうから。いらない感情は押し殺して書類に埋没していく。
そうして幾月が過ぎた。アルベールは疲労困憊の精神に鞭を打ち続け、隙を作ることはしない。時おりのハヤセとの交流だけが、皇子の癒しとなる。「お疲れ様です」と相手から声がかかると全身の血脈が再生していくよう。その言葉をもらうために頑張ってきたのだと、アルベールはしみじみ思う。
同性の、それも幼馴染に向ける感情ではないのかもしれない。しかしこんな生活も悪くはない。そう思っていた矢先のことであった。ハヤセがいつもの如く畏まった姿勢で、アルベールにこう言葉を紡いできた。
「殿下、私の恋人のふりをしてくださいませんか?」
幼馴染。その囁き声にかつてないほど胸が疼いていく。
自制。自制しなければ。
膨張した熱と刻む鼓動。アルベールの目と耳は予期せぬことに惑わされ、突然の提案を考える暇もなかった。
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