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23皇太子の恋
しおりを挟む年月の隔たりが互いの立場も状況も、顔も体格までもを大きく変えていってしまった。
同じ目線で話せていたはずの幼馴染は、今や上目遣いでこちらを見やってくる。
無邪気にはしゃいでいた昔の面影は成長した彼の美貌に上書きされた。
走り狂い、転げ回っていたかつての黒髪の少年はどこへやらだ。黒い長髪といえば帝国一の美女がまさにそれだと言われる時勢である。歩く姿勢も愛想笑いも、戸惑う表情も記憶と一致するはずなのに何かが違う。
廊下でばったり会えば彼はアルベールに挨拶を欠かさない。仰ぎ見ては、礼を尽くし従順な態度を示す。可憐な花とも喩えられる華奢な四肢であるからこそ、その動作がいっそう美しく映える。
「おはようございます。皇太子殿下」
やさしく耳に残る声。他人行儀に挨拶をしてくる幼馴染は「殿下」と微笑み、淑やかに畏まってくる。
アルベールにはそれが耐えられなかった。無理に表情を繕っている気がして、見ているとこっちが曇ってしまう。「ハヤセ」と呼びかけても愛想よく笑ってくるだけ。本当の彼の感情はわからない。お辞儀をして通り過ぎようとするその人を未練がましく目で追いかける。
そんな時にふと漂ってくるのは、甘く冷涼な匂い。鼻孔をくすぐる幼馴染の残り香である。
土と草が染みついた昔のものとは違い、宮の廊下ですれ違う彼はいつも花のような香りに包まれていた。髪の毛先からでさえそれを感じ取れるのだから間違いがない。彼特有の匂いなのだ。
日に日に彼への関心は増していった。アルベールはハヤセのことを、まだ何も知らないのだ。
どうしてここにいるのか。どんな理由でレイフィールドの屋敷から出てきたのかと疑問は尽きることはない。性別を偽るようなことがどうしてできようか。そこまでして帝宮に入ってくること自体、無謀な行為だというのに。
「どうして女官に?」
冬宮殿で一度だけ、アルベールはハヤセに訊ねたことがある。
従者もおらず二人きり。真夜中の執務室でかち合ってしまえば話を仕掛けないわけにもいかない。
朝から夜まで仕事漬けでいるアルベールは、ちょうど息抜きを欲していたのだ。
「イザベルに紹介されて、楽しそうだと思ったからです」
あっけらかんと答える彼は目元に愛想笑いを浮かべている。何かを隠していることはすぐわかった。
「侍従ではなくて?」
「はい。女官になりたかったのです」
「どうして?」
切れ間のない問答に、ハヤセは少しずつ顔を俯かせていく。虚空を映す黒い瞳が、燭台の火とともに揺らめいている。
「私を認めてくれると思った、からかもしれません」
認めるもなにも性別からして受けつけられない部分があるだろうと、アルベールは眉をひそめた。
どんなに容姿が綺麗であっても、今のハヤセにはしがらみだらけだ。油断すればすぐさま彼は男だとバレて更迭されてしまうだろう。日常が常に危険と隣り合わせの生活なのだ。
「ハヤセはずっと女官でいたいの?」
そう言ってアルベールはしばらく待った。どんな言葉が返ってくるかと思ったら、しかし相手はそっと微笑んでいるだけ。それ以上は口を開くこともしなかった。燭台の火だけを一点に見つめるハヤセ、彼はアルベールの顔に向き合うことがなかった。
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