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20イヴの視界~茶会②~
しおりを挟む皇后の面前でも、身に余ることだと女官長は一度は断りをいれた。
しかしとことん口説かれて、愛想よく手招きされては拒めないと女官の方は遠慮がちに皇族の後を追った。
「先日レイフィールド卿に会ったとか」
「はい」とイヴの前を歩く人は答えた。恭しさはあるが、女官長は皇后に対して平素の調子で受け答えをする。
「家族団欒の時間は過ごせましたか」
「もちろんです」と晴れやかな声はよく通る。憔悴の顔は近くで見れば一目瞭然なのだが、尊き御人の前だといっそう女官長は無理に笑って務めている。
皇后はずんずんと邸の奥へと進んでいってしまい、後方を見やることもしない。
「女官長……」
腹部をさすりながらの行軍は遅々として前に進まない。半歩、半歩と女官長の足取りが辛そうになっていくことに、イヴは沈黙していることができなかった。
何も聞かず、右手でそっと目の前の肩を支える。なんて細い身体なのだろうとイヴは仰天しながらも、今度は左手を相手の空いている手に添えた。女官長が申し訳なさそうな顔でこちらを振り返ってくるが構わなかった。支えるのだという気持ちでイヴは揺るがなかった。
~~~~~
茶会の招待を受けたのは女性のみ。それ以外の選考基準は公には明かされていない。
令嬢の集いばかりかと思えば、ちらほら老齢な貴婦人の姿も見えている。それに留まらず、薄布に身を包んだ庶民や国外の貴賓たちまで。実に多様な層を巻き込んでの会場は、一席を除いて、ぴったり開始時刻に合うように人で埋まった。
「今年もこうして集まることができました。皆さん、またお会いになれて嬉しいものです」
皇后の座椅子は最奥の真ん中に置かれていた。そこはしっかりと全体が見渡せるようになっている。女官長直属の使用人たちは皇后付きの侍女よりも前方に立って、尊き御人の朗らかな挨拶を聞いていた。
特等の位置である。
ただ挨拶の最中でもイヴは落ち着けないでいた。腹部を抑えてじっとしている女官長の様子は居た堪れない。
「息子のアルベール皇子が留学の旅から帰ってきました。皆さんには多大な心労をかけてきましたが、それもこれも豊かな未来を創るため。我がロイス帝国の発展のためには必要なことでした」
皇太子が不在の間、実質的に政務を担当していたのは皇后と帝国宰相であった。皇帝陛下の病床にあって立ち行かない帝国を憂いた結果、短い期間ではあったが皇后が女性初の摂政に就任したのだ。このことは世間の間でも鮮烈に記憶に残っている。女性の地位が引き上がり、それによって旧来の慣わしに風穴を開けることにも一役買ってくれたのだから。
ハヤセ女官長の大出世が実現したのが良い例である。女性指導者の尊厳を今一度、イヴは思い知ることになった。
「民には不安を与えてしまいました。ですがそんなうす暗い治世もこれでおしまいとなるはずです。ロイゼンの跡取りは立派な姿で戻ってきてくれました。ついに、これでようやく我がロイス帝国は生まれ変わることでしょう…………」
気持ちが溢れてきたのか、何人もの侍女がすすり泣いていることをイヴは横目で確認した。
その奥では感極まりながら言葉を述べる皇后の顔と、なぜか悲哀に染まった女官長の顔が、横並びでイヴの目には映し出される。
「この場は、豊かな帝国の未来を予感しながらのささやかな息抜きとしましょう。わたくしたちの繁栄への前進はこれからが本番なのです。今日だけは英気を養い、また明日から。全ての民の安寧と恒久の平和を祈って」
拍手が雨のように起こった。
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