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19イヴの視界~茶会➀~
しおりを挟む大宮殿の裏には超大な庭園があって、瑞々しい緑の調べを誰もが味わうことができる。
開放された芝の上、ちょうど敷地の中心点に別邸のエイナ宮がそびえ立っている。灰色で無骨な帝宮とは一線を画す。赤レンガ造りのこじんまりとした見た目。いかにもおしゃれで女性的な外観から、時の皇后陛下たちの安らぎの場として盛んに利用がなされている。
中秋。色づく草木を望むこの良質な立地の下に、皇后主催の茶会が盛大に行なわれることとなった。不定期開催のために余分な調度などもあえて揃えず、椅子や円卓の並びだけが意識された一様な会場である。
イヴも女官長に付き従い、風が通り抜ける気持ちの良い邸内に入りこんでいた。
太陽の自然光が円卓を明るく照らしている。その中でカチャカチャともてなしの準備が延々なされる。揺れる木立の枝先から、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「素敵なところですね」とイヴが嬉々として口に出すと、女官長は微笑み返してくれる。いつからか、上司の顔色がひどく悪くなっていることにイヴは気づいていた。
柔和な面持ちからは血の気が引いて、青ざめたその顔貌を見ると気の毒にさえ思えてくる。
腹部を庇うようにして歩くさまは見ているだけで痛々しかった。だけど仕事ぶりは不思議なほど普段と同じで、
落ち着きもある。冷静さも保てている。この両面性はどうしたものか。
遠くからでは見逃してしまう変調にイヴは気が気ではなかった。
「女官長……具合は大丈夫ですか?」
蓄積された疲れのせいだろうか。
不意をつかれたように上司ははっと目を見開くが、すぐに笑みを貼り直していく。辛くとも泰然としていようと、女官長の強張った笑みからは我慢の色が伝わってくる。
「平気ですよ」と、その声は震えがかっていた。だが活力は消えていない。どうしてそこまで我慢強くいられるのか、イヴは相手の底意地に脱帽を覚えるばかりだった。
上司の不調を察してから、イヴはずっと真横にくっついている。
どこか人気の無いところで倒れられても困る。倒れるならばせめて自分が支えてやらねばと、常に上司の動きを見守っていた。相手もその心意気を理解してくれたのか、イヴだけには命令を下すことはしなかった。
「ハヤセ女官長。ずいぶんお疲れのようだな」
茶会の開始直前、白銀の長髪をまとう女性が二人の視界に現れたのはずいぶん唐突なことであった。
アナスタシア皇后陛下。
その面立ちは男性の顔立ちよりも彫り深く、印象は頭にすぐに刻まれた。
女官長にならってイヴや周りにいた使用人が一斉に膝を曲げる。いきなりの皇家の登場に驚嘆の声を出しそうな者もちらほらあったが、喉元で堪えていた。
「陛下におかれましてはこのいと麗しき日に健やかであられますこと。臣下一同、心よりお慶び申し上げます」
「堅い挨拶はいい。ハヤセもこちらへいらっしゃい」
皇后は女官長を気に入っている。これは周知の事実であった。
アルベール皇太子との浮名が広まるずっと前。ハヤセという女性が宮入りしてすぐさま皇后は目をかけ始めたという。まるで夢見るおとぎ話の世界ではないか。
そんな運命の導きすらハヤセという上司には日常のことなのか。まるで雲の上の存在を見ているようだとイヴは嘆息を漏らした。
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