跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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18イヴの視界~両者の関係~

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 帝宮には夥しい数の使用人がいるのだが、皇太子は彼らを日常的に気にかけたり、挨拶を送るという友好的な交わりを持とうとしなかった。あくまで主と従者の距離間で、膠着したまま。従者の前では皇太子は笑うこともしない。


 そんな基本的に無口で愛想のない彼だが、必要とあらば機敏に反応を示してくれる。皇太子が使用人に投げかける言葉は、どれも的を射るように核心的な内容を孕んでいた。素っ気ない言動ばかりだが宮廷のことは良く見ているのだとすぐにわかる。


 それでも人々は、どことなく皇太子に近づくことを躊躇ってしまう。原因は彼の所作と風貌があまりにも洗練されすぎていることにあった。
 公務上においては常に厳格で冷淡。従者が唖然とするほどの仕事量を一日でこなしてしまう超人性も相まって、畏敬の念ばかりが増大していく。


 帝国の次期君主たらんとする彼だから、そんな心構えのない下々と接するだけで隔たりが生まれてしまうのだ。光輝な皇子への理想は尋常ならざるものだった。


 分け隔てなくやり取りのできる、身近な指導者の像はもはや存在しない。その姿と人柄が帝宮を明るく照らすとばかり考えていたのは使用人たちの方であった。
 理想とは大きくかけ離れた皇子の冷たい態度に、落胆の声があったことは否めない。

~~~~~


 憧れと失望が入り混じる冬宮殿で、イヴはもはや何を信じれば良いのかわからなくなっていた。皇太子とハヤセ女官長代理の様子を最も近くで見ていた彼女ですら、もどかしい気持ちを整理できないままだ。
 いやむしろイヴのそれは、他の従者とは明らかに別次元の問題であったかもしれない。


 彼が笑っている。殿下がとびきりの笑顔でハヤセ女官長を抱き締めている。

 どうしてこんな状況になったのか。まるで何の予告も無しに皇太子がふらりと現われて、女官長を引き寄せてしまうのだから説明のしようがない。ただただ混乱ばかりがする。しかしこれが宮内のそこかしこで起こっていることは紛れもない事実なのだ。女官長の担当である区域では必ずといっていいほど皇太子に相まみえることになる。

 しかも、ほぼ毎日。もちろん偶然ではない。
 何人かの使用人が見たら泡をくらうような光景であろうが関係がない。

 場所を選ばず皇太子は、ハヤセ女官長を時おり抱擁しにやって来る。

 意中の女性の頭を撫でるその手つきは壊れ物を扱うかのようにやさしく繊細であった。後ろでバツが悪そうに俯いているこちらには一切目もくれず、まるで二人だけの世界に浸っているかのように。殿下の熱を帯びた眼孔は、ずっと懐中の女性に向けられたままだった。


 女官長の髪を梳く。


 どこになりを潜めていたのか、慈しみと愛情を爆発させたような顔で。甘く砕けた態度で殿下は女官長にやたらと触れようとする。逆に女官長はそれを成すがまま受け入れる。言葉も利かず、ただ密着し合う彼ら。気恥ずかしくて堪らない。

 毎日これが続くと、見ているこっちが辛抱いかなくなってしまう。
 この時間はいったい何なのか。ただの男女のじゃれ合いにしてはぎこちない。しかし清純な男女においてこのような触れ合いがなされるはずもなし。

殿下に密着して見えない女官長の表情。 それとは対称的に紅潮を続ける殿下の面。


 普段のアルベール皇太子殿下は笑顔を出さない。人との交流は必要以上を求めないくせに、仕事についてはとことん厳しい。鋭く冷気を纏う瞳がその証拠だ。その全てがハヤセ女官長の前だとくるりと逆転する。

「殿下が恋をしている」

 この噂の出処はまさしくこの二人の様子からである。宮内であれだけ大っぴらに見せていることからも確信が持てるだろう。


 皇太子と女官長の不格好すぎる恋の模様は、いつしか帝宮の至るところで騒がれることとなった。ただ挨拶のように抱き合う二人の関係。皇太子は何も言わずに女官長を抱きしめる。日毎それが一度あるかないか。


 もどかしくてじれったい気持ちが口々に放たれる。

 本当に抱擁だけで済むはずがないと、皇太子の不義理な行為を捏造するものまで現れる始末。両想いの二人を祝福するだけ、嫉妬に狂いだす人も存在した。
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