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02デビュタント
しおりを挟む幼馴染との日々から数年後、デビュタントの会場である帝国迎賓館はかつてないほどの活気に包まれている。皇太子アルベールの成人式は、世界中にその報告がなされるばかりでなく国を挙げての祝い事が催され、帝都はお祭り騒ぎだった。
狂喜乱舞する庶民たちの声は三日三晩、皇太子の耳にも聞こえてくるほど響いてくる。盛り上がりは当然、デビュタント当日が最高潮であった。
「すごいことになっているね……」
皺ひとつない礼服を身にまとったアルベールは、憂い気味に外の景色を眺めていた。大きな青い瞳と彫りの深さ、鼻の高さはロイゼン家の一族に継承されているものと同質だった。加えて大きく逞しい体躯こそが彼を彼たらしめている。その見目の良さから皇太子の鑑とまで言われているのだから、本人は実は満更でもなかったりする。
「臣下一同、この日を待ちのぞんでおりました。おめでとうございます皇太子殿下」
アルベールへ侍従たちが恭しく頭を下げる。式の真っ最中だというのに従者たちは歓喜の表情でいて、制止することもつい憚ってしまうほどだ。
「やぁ……ありがとう。俺もやっぱり嬉しいよ」
「殿下!!そのご立派な姿を早く令息令嬢にお披露目いたしましょう。殿下の素晴らしい晴れの姿を人前に見せたくて、わたくしどもウズウズしているのです」
「おお。珍しいなゴードン。お前が愉快そうにしているところなんて」
アルベール付きの執事であるゴードンが、この日に限って高ぶりを隠そうともしない。帝国の格式ばった儀式を終えた後にデビュタントに向かう予定のアルベールだったが、彼自身も早く会場に足を運びたくて堪らなかった。
ハヤセ、そしてイザベルの二人と久しぶりの再会を果たせるのだから、アルベールの興奮もゴードンに負けてはいない。
「早く会いたいものだ……儀式を省略することは……」
「もちろんできませぬよ」
~~~~~
若い令息令嬢の注目は何といっても皇太子であった。彼が迎賓館に見えたところで、女性陣の目つきがまず変わった。男性の魅力を集約させたかのような皇太子の顔貌は、たちまち令嬢たちの心を鷲掴みにしたのだった。
黄色い歓声。それらを笑顔で振りほどいていくアルベールの道行く先に、一人の令嬢が立ちはだかっていた。
無礼、身の程を弁えろという守衛の怒号が入りこんでも、女は一歩も後退しない。そこへ皇太子の歓喜の声が聞こえてくると、誰もが耳を疑った。
「イザベル!!久しぶりではないか!!!!」
焦げ茶色の長い髪を優雅に靡かせる、イザベル・デイナインは美しい女性に成長していた。煌びやかなドレスに包まれた彼女はアルベールの神々しさに引けを取ってはおらず、こちらも気品に満ちている。さらにそんな二人が隣り合っていると、まるで一枚の絵のように場の見映えが引き立つのである。
「殿下におかれましてはたいへんご立派な姿であられますこと、この上なく喜ばしきことですわ」
「うんうん。やっぱりイザベルは変わっていない、昔と同じで綺麗なままだ」
「殿下はちょっぴり背丈が高すぎますね。屈んでもらわないとお顔立ちが良く見えませんわ」
「そんな大げさな」
約八年ぶりの再会にも関わらず、邂逅直後からお互いの調子が手に取るようにわかる。イザベルもアルベールも緊張の欠片もない態度で対話が続けられた。
「結婚して、デイナイン公爵に嫁いだんだってね。おめでとうイザベル」
「ありがとうございます。こんな素敵な日に殿下から直接祝福を授けられるだなんて、夢のようです」
「偉くなったものだね俺も」
やはりというか、どうしても八年間の時間は埋めがたい。身分に配慮するところなどは子ども時代とはまるで真逆だ。幼馴染が畏まる姿勢さえ、アルベールには違和感に思えてならない。
「殿下は初めから尊き身分でしたでしょう」
「子どものころはもっと砕けたコミュニケーションが取れたものだが、今だとそれも難しい。イザベルがこんな素敵な淑女に育ってしまったから余計にね」
「ふふ……嘆かれますな?親しき仲にも礼儀あり、でございますよ」
二人して笑い合う。その光景を見ていた令嬢たちはヤキモキしていたり、唇を噛んだりする者もいた。
一歩遅れを取ったかと舌打ちをする者、イザベルが既婚者であることにショックを受ける令息。同年代の中でもアルベールとイザベルの存在は絶大だった。
「これからはロイゼン家とデイナイン家の繁栄のために力を携えていこうではないかイザベル!!」
「御意に」
「…………でだ、ハヤセは知っているかな?さっきからずっと探しているんだが見つからないんだ」
「実は私も探し回っているのです。かれこれ会場を二周はしているのですが、いる気配すらなくて」
アルベールはともかくとして、イザベルとハヤセの顔を特定することが困難になるのは避けがたいことだった。皇太子の服装は唯一の代物で特に目立つが、それ以外の装いはどれも似たり寄ったりの華美でおしゃれなものばかり。幼馴染を示すシンボルなどもあるわけではない。
「来ていないのかしら」
「まさか、レイフィールドが式に出席しないなんてことあるものか」
アルベールたちは結局、夜の舞踏演目にまでハヤセの姿を見つけ出すことはできなかった。執事のゴードンや侍従にも指示を出して本格的に彼を探すこととしたが、やはりどうしても足取りは見つからない。
「殿下……先ほどデビュタントの出席者名簿を手に入れることができました……。こちらです」
「おお。どうであった?」
ゴードンが主に手渡した十数枚の紙の裏表には、びっしりと文字が刻まれていた。
「レイフィールドといった名は…………おりますな。しかし妙なことにハヤセという名は見られませんでした」
「それは、どういうことだ。ハヤセはいないということか」
執事の指さす文字には、なるほど「クリス・レイフィールド」と書かれてある。アルベールの知らない名前だ。
「このレイフィールドは誰であろう。ハヤセの知り合い?」
「同じ家の者で間違いはありますまい。しかし……当主はまた違う名前でございますし、分家などもあそこはございません」
アルベールの胸中では、安堵のすぐ後に一抹の不安がよぎった。今日の日を逃せば、幼馴染と会える機会はほとんど残されていない。ハヤセに関わるものであったら、すぐに情報がほしかった。
「ゴードン。このクリス・レイフィールドを探し出してくれ。ハヤセはどうしたのかと尋ねたい」
「御意に殿下」
もうすぐ宴は終わる。終わる前に幼馴染の顔を見ておきたい。
この大海のような迎賓館で、果たして彼の求める人物を見つけることはできるだろうか。アルベールの逸る気持ちを、聡い執事は敏感に感じ取っていた。
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