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60カッコ悪いあなたが好き③
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傷ついた体を労われとルイが命じれば、夫側はそれにきっちりと従っていく。
寝台に仰向けになるレオポルド。先ほどの興奮ぶりから冷めてきたように、かなり呼吸は穏やかになっていた。また口数も明らかに減っていた。
「ルイ……いかないでくれ。どこにも、俺の遠くにいかないでほしい」
ただしその声には、いつものような調子は見られない。なんとも情けないものだった。レオポルドが弱音を吐いていることが、どれだけ珍しいことか。自室まで引っ張る際にも、「離れたくない」とか「辛い」という言葉を何度もつぶやいていた。
彼らしく格好をつけたり、美丈夫にふさわしい言葉を続けるものとルイは予想していたから、なおさら可笑しかった。
「どこにも行きませんよ」
ルイは弱ったレオポルドに向けて、短めに慎ましく応じていった。
裏ではマルクス王子に対しての事後処理やら、詫び状を用意しているところである。ララ含め多くの従者が力を合わせて、今までの事案を穏便に済ませようと水面下で動いていた。
「ごめんな。俺のせいで」
「いいえ、レオ様のおかげで私は王宮にいられたのでしょう。それを思えば露払いなんて、お安い御用です」
「そんなたいそうなこと……。それに俺は、婚礼とかルイとの夫婦関係とか、深く意識していたわけじゃないよ」
「ただ構ってほしかったんだ」とレオポルドは大っぴらに口をつく。ぐったりと寝返りを打つ彼の背に、ルイはそっと手を添えた。温かくて厚みがある。この背中に知らず知らずのうちに守られていたのだ。
「でもこうして、婚約が黙認されていたじゃないですか」
「うん……そうかもな。まぁ、その状況もさっきの喧嘩で変わってしまったが」
やれやれという顔で、寝ている人は大きく腕を伸ばしていった。
厄介なのは、マルクス王子が「婚約破棄」とかいう身の毛もよだつ言葉を口にしたことである。唐突だった。ルイはいまだに嫌悪感が走って止まらない。
彼のその一言がなければ、レオポルドもきっとあそこまで逆上することはなかったはずだ。なぜ今になって、あのような裁断を下すようになったのだろうか。
「俺たちの儀礼の内容を読んだらしいんだ」
「えっ」
「兄上は、それで。気味が悪いっていちゃもんを付け出したんだよ。しまいには俺たちの婚約を破断にしてやりたいって言うようになったんだ」
成人儀礼の細かい部分は、公文書にしてまとめて王宮に置いてある。つまりマルクス王子は、ルイとレオポルドの睦み合う過程、性交までのすべてを読み理解していたということだった。
ルイはそれを聞かされ、さっきまでの空気が気まずい現場だったとうかがい知る。
「あぁ……。それは、ちょっと同情しちゃいますね」
「なんでだよ。別にいいじゃないか、夫婦として当たり前のやり取りだっただろう。それに俺とルイがどんなふうに愛し合っているか。他人が口出しするほうが気持ち悪い」
実の弟が、異国の王子とよろしい関係になっている。その事実だけでも、真面目な王太子は頭を抱えてしまいそうだ。なにより、ルイはまともな男性の思考も伴っているので、相手の悩みや葛藤が痛いほどわかってしまった。
暴力以外を除けば、庭で長男が言っていることはまともだった。かなり現実的な視点からレオポルドを諭していたように思える。
「当たり前って、誰が決めるんでしょうか」
「わからない。でも少なくとも俺にとっての当たり前は、どうやら兄上たちには通じないらしい」
ルイとレオポルドは、お互いに引き寄せ合う双子星のようなものだ。時には離れたり、時間を共有することが無かったとしても。色々なことが重なり合って、二人は生きる力を補い合っている。それを別の誰かに丸ごと表現することなんて、きっと不可能なことだ。
「俺たちは特別で、きっと運命に導かれて婚約したんだ。他人に壊されてたまるものか」
ぼんやりと垂れ流される言葉が、今日のルイにはしんみりと聞こえてきた。それは願望のようにも聞こえてくるし、一つのレオポルド自身がたどり着いた答えのようにも解釈ができた。
ふんわりと部屋のなかに冷たい風が運ばれてくるのを感じる。従者たちが気を窺うように、扉から顔を覗かせている。ルイは一瞥してから、そんな彼らに入室を促していった。
寝台に仰向けになるレオポルド。先ほどの興奮ぶりから冷めてきたように、かなり呼吸は穏やかになっていた。また口数も明らかに減っていた。
「ルイ……いかないでくれ。どこにも、俺の遠くにいかないでほしい」
ただしその声には、いつものような調子は見られない。なんとも情けないものだった。レオポルドが弱音を吐いていることが、どれだけ珍しいことか。自室まで引っ張る際にも、「離れたくない」とか「辛い」という言葉を何度もつぶやいていた。
彼らしく格好をつけたり、美丈夫にふさわしい言葉を続けるものとルイは予想していたから、なおさら可笑しかった。
「どこにも行きませんよ」
ルイは弱ったレオポルドに向けて、短めに慎ましく応じていった。
裏ではマルクス王子に対しての事後処理やら、詫び状を用意しているところである。ララ含め多くの従者が力を合わせて、今までの事案を穏便に済ませようと水面下で動いていた。
「ごめんな。俺のせいで」
「いいえ、レオ様のおかげで私は王宮にいられたのでしょう。それを思えば露払いなんて、お安い御用です」
「そんなたいそうなこと……。それに俺は、婚礼とかルイとの夫婦関係とか、深く意識していたわけじゃないよ」
「ただ構ってほしかったんだ」とレオポルドは大っぴらに口をつく。ぐったりと寝返りを打つ彼の背に、ルイはそっと手を添えた。温かくて厚みがある。この背中に知らず知らずのうちに守られていたのだ。
「でもこうして、婚約が黙認されていたじゃないですか」
「うん……そうかもな。まぁ、その状況もさっきの喧嘩で変わってしまったが」
やれやれという顔で、寝ている人は大きく腕を伸ばしていった。
厄介なのは、マルクス王子が「婚約破棄」とかいう身の毛もよだつ言葉を口にしたことである。唐突だった。ルイはいまだに嫌悪感が走って止まらない。
彼のその一言がなければ、レオポルドもきっとあそこまで逆上することはなかったはずだ。なぜ今になって、あのような裁断を下すようになったのだろうか。
「俺たちの儀礼の内容を読んだらしいんだ」
「えっ」
「兄上は、それで。気味が悪いっていちゃもんを付け出したんだよ。しまいには俺たちの婚約を破断にしてやりたいって言うようになったんだ」
成人儀礼の細かい部分は、公文書にしてまとめて王宮に置いてある。つまりマルクス王子は、ルイとレオポルドの睦み合う過程、性交までのすべてを読み理解していたということだった。
ルイはそれを聞かされ、さっきまでの空気が気まずい現場だったとうかがい知る。
「あぁ……。それは、ちょっと同情しちゃいますね」
「なんでだよ。別にいいじゃないか、夫婦として当たり前のやり取りだっただろう。それに俺とルイがどんなふうに愛し合っているか。他人が口出しするほうが気持ち悪い」
実の弟が、異国の王子とよろしい関係になっている。その事実だけでも、真面目な王太子は頭を抱えてしまいそうだ。なにより、ルイはまともな男性の思考も伴っているので、相手の悩みや葛藤が痛いほどわかってしまった。
暴力以外を除けば、庭で長男が言っていることはまともだった。かなり現実的な視点からレオポルドを諭していたように思える。
「当たり前って、誰が決めるんでしょうか」
「わからない。でも少なくとも俺にとっての当たり前は、どうやら兄上たちには通じないらしい」
ルイとレオポルドは、お互いに引き寄せ合う双子星のようなものだ。時には離れたり、時間を共有することが無かったとしても。色々なことが重なり合って、二人は生きる力を補い合っている。それを別の誰かに丸ごと表現することなんて、きっと不可能なことだ。
「俺たちは特別で、きっと運命に導かれて婚約したんだ。他人に壊されてたまるものか」
ぼんやりと垂れ流される言葉が、今日のルイにはしんみりと聞こえてきた。それは願望のようにも聞こえてくるし、一つのレオポルド自身がたどり着いた答えのようにも解釈ができた。
ふんわりと部屋のなかに冷たい風が運ばれてくるのを感じる。従者たちが気を窺うように、扉から顔を覗かせている。ルイは一瞥してから、そんな彼らに入室を促していった。
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