上 下
57 / 62

57かりそめの妃④

しおりを挟む
 情に流されるな、悪魔のささやきに惑わされるな。ルイは心のなかで何度も唱えていた。誰よりも大切な人のためなら、自分は悪魔だってきっと殺せるだろう。

「レオ様のそんな顔は見たくありません」

 だがレオポルドが狂気を込める顔なんて見たくない。いつもの笑っている顔でいてほしいから、そのために自分は生きているから。地面にひれ伏してでも彼に求めるのである。

「ルイ、俺は」

「わかってます。あなたはやさしいって、見てましたから」

 だからどうか、はやまらないで。剣の柄を握るのはやめて。その手を前にふり下ろしたら、もう後がなくなってしまう。王太子に刃を向けたと言われて、不名誉ばかりを被ってしまう。輝かしい第三王子に汚点が残るのは本当にいけない。

「あなたが剣を握る時は、決闘大会だけで良いのです」

「……」

「私たちのために鎮めてください、レオ様」

 懇願が届いたのか、レオポルドは手足をだらりと垂らし、その場で尻もちをついた。やや間を空けてから、対峙する相手もちょうどよく距離をとり下がっていく。
 改めて見てみると、兄弟そろって顔の傷はひどいものだった。これで武器も使っていないのだから、止める人がいなければもっと凄惨なことになっていたかもしれない。

「レオさま……だと?」

 目線の先からにわかに驚嘆の声があがってくる。ルイは気が抜けたように、しばらく夫の背中に寄りかかっていた。向こうの貴人に受け答えする気にはなれなかった。

「お前らは、そうか。たいそう仲を育んでいるらしい」

 マルクス王子は続けて、失望に満ちたため息をこぼしていった。身構えていた王子たちの調子が崩れるにつれ、全員の警戒心も緩んでいく。ゆっくりとだが従者も頭数を増やしていった。

「わかったら婚約破棄なんて、二度と言わないでくれ」

「いや言いたいことは言わせてもらう。お前はやっぱり普通の女と結ばれるべきだった」

「ぐっ、まだそんなことを」

 立ち上がろうとするレオポルドを、ルイはどうどうとなだめていく。
 ルイはできることなら、夫の意見にすべて同調していたかった。でも「黙って認めろ」と示せるだけの発言力が、彼には無い。ことの成り行きはどうしても、王族直系の男たちの手によって紡がれていく。

「婚礼の誓約書もしかり。まだお前は結婚自体を無かったことにできるんだ、俺たちのおかげでな」

「恩着せがましく偉そうなだけじゃなくて、屁理屈までこねる気か。兄上」

 レオポルドがぎろりと鋭くにらんだ。8年前に終わった婚礼のことを持ち出されて、ルイも動きを止めている。頑なに引き下がろうとしない王子たちに、うんざりという気持ちが周りから漂っていた。

「選択を見誤るなよ?王族にとって何が重要か、お前はもう一度考えるべきだ」

 長男の方はそう言うと、宮の出入り口に足を向けていった。その退場に従うように、庭にいた半分以上の人間が彼を追っていった。
 残ったルイと他の付き人は、レオポルドを介抱するためと動きだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

処理中です...