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55かりそめの妃②

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 きっかけは何であったか。従者一人の視点を借りるなら、マルクス王子とレオポルドの押し問答が原因にあった。

「レオ様……!!」

 ただ、ルイにとってそんなことを冷静に聞き取っている暇はなかった。
 体格で勝るレオポルドが、兄にいなされ、倒され拳を受ける。鉄拳制裁というには、あまりにも理不尽な光景を見てしまう。王太子の力で押さえ付けられて、動きを鈍くするレオポルドの顔は、怒りに染まっている。

 どうしてそんな顔をしているの。ルイはすぐに夫に訊きたかった。どうしてそんなに怖いことをしているの、何があなたを変えてしまったのか。

「来るなっ!!ルイ!!」

 気づいた瞬間に声を張り上げて、レオポルドは退くように命じてくる。マルクスは弟に意識がかたよっていて、周りが見えていない。ゆえにルイや従者たちの存在を認知できていない雰囲気があった。
 退くわけにはいかない。殺伐とした庭にあって、この状況を止められるのは自分だけだ。

「ぐっ、待てって!!」

 床の芝生をざくざくと鳴らしていく。ルイは歩を譲らなかった。
 レオポルドは柔軟に体を折り曲げて、兄の拘束から抜けていった。それどころか仕返しと言わんばかりに、兄の腹部に強烈な正拳突きをお見舞いしてしまう。他の王族が見ていたら失神していただろう。ここでは、従者とルイだけが目撃しているので大した問題はなかった。
 ルイは夫の反射神経に泡を食らいながらも、袖が触れ合うところまで近づいていた。

「危険だから離れろって!!」

「嫌です。まずレオ様、この状況を教えて!!」

「ちょっとした喧嘩だから。すぐにおさまる、頼むから宮に戻ってくれ」

 彼を守りたい。ルイは一心不乱で、そのことしか頭になかった。

「ルイ……エスペランサ妃か?」

 ぞくりと背を震わす、悪魔のうめき声がする。苦痛を強いられて悶絶している王太子。矢面に立っているルイは、真っ先に彼と目が合ってしまう。
 わずか数歩で手が届きそうな所だ。長身の男であれば助走もいらない間合いに荒れ狂う狂人がいる。危険かもしれない、とルイすらも己の直感を働かせていた。

「邪魔するなら覚悟を決めろよ?」

「やめろ兄上!!ルイは……関係ない」

「いいや、大いにあるだろ。なにせ彼の存在が争いの発端だろうが」

 人差し指がぴたりと、ルイを指し示した。

「だから何度も言ったのだ、レオポルド。早く離縁しろと。ルイ・エスペランサは王宮に住まわせずさっさと庶民に落とすべきだったんだ!!」

 言いたい放題のマルクス王子だが、当のルイは話についていくことができなかった。「離縁」、「庶民」といった言葉に従者たちは辟易としている。どうしたって、王族からは出てこない死語であろう。

「お前は婚礼の時に人が変わってしまったようだ。あの日に女児の一人や二人でも宮殿に送ってやれていたら」

「言うな、やめろ!!兄上!!」

「俺は、お前に普通の生活をしてほしいと思っているだけだぞ?どうしてそれを拒む?」

 埒が明かない、と長男は鼻で笑った。ごしごしと顔を拭い、落ち着いて鼻血の流れをせき止めている。
 隣で立つレオポルドは、体裁も構わずに、荒ぶる獅子のような形相のまま立ち止まっていた。

「男どうしでいかにして愛を育む?後世に何を残すつもりだ?なぁレオポルド、かりそめの婚姻にこだわっていては人生が勿体ないぞ?」

 ぐらりとルイの視界が歪んだ。マルクス王子の口ぶりが、それがまるで恐ろしい秘密事のように聞こえたのである。婚礼から宮入り。年下の夫と日常を送るまでの、ルイの一本筋の物語にほころびが生じていく。
 「かりそめ?」、ルイは声も絶え絶えにしながら、王子たちの話に口を挟んでいくのだった。
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