上 下
53 / 62

53あくまで平和な②

しおりを挟む
 その日、ルイは故郷への贈り物を念入りに定めて、検品していた。
 山々に阻まれたエスペランサ地域では、外来の品に触れる機会がほとんどない。こうして定期的に王子妃が便りを送らないと、世界の情勢すらままならない田舎である。

 過酷な環境でも育ちやすい野菜の種と、毛皮製の織物をどっさり積みこむ。生きるのに欠かせない消費財をあれこれ間に詰めてから、馬車を見送った。親や知人のためというより、ひもじい民へのせめてもの同情をこめてのことだ。

「私は恵まれているよ」

「ルイ様……」

「なのにそんな私ができることは、あの箱いっぱいに補給品をしき詰めるだけだ」

 あの荷物を受け取ることができる民衆は、果たして何人であろうかと考える。寄付でも、清貧の心でもなんでもいいから、できるだけ多くの人を救えたら御の字である。

 身の上にかかる圧力も、他の人に比べたらそよ風に等しいと感じる。自分が難題と向かい合う時、やはり苦境に立たされている人々のことを思い浮かべてみる。
 やはり自分は恵まれている。こんなことを考えて行動する時点で、十分に豊かな証であろうから。

「めいいっぱい生きたいよな」

 ララの手を借りながら、ルイは書類の管理を進めていく。
 遠く離れてからのほうが、故郷を気にする回数が増えている。エスペランサの民、侍従や役人の家族たち。下人の顔ぶれまで。古き懐かしい祖国にせめてもの恩返しをしたい。そんな風に思うようになったのは最近のことである。

「ルイ様はお変わりになられましたね」

「え……?どこが?」

「昔なら、レオポルド様以外の人のために率先して行動するなんてあり得ませんでしたよね」

 確かにララの指摘は間違いではない。
 人とのやり取りも、お菓子配りも、野外授業もルイは自分のためにしていることだ。この王宮で上手く立ち回るために。レオポルドのために時間を割くことはあれど、他の人など到底考えたことがない。

「そうなのかな」

「きっとルイ様は、レオポルド殿下と触れて変わられたのですね」

 鋭い言及に、受け取った側はうっと顔を背ける。
 のんびり嘆願書や書簡に目を通しているだけで、ララにすべて見透かされそうな気がした。彼女の洞察眼は驚異だった。

 ルイはレオポルドとの交流から、腫れ物がとれたように活発的になっていた。ところどころのすれ違いは残るが、夫妻としての面目が立ってきた段階といえよう。

「ルイ様!!一大事です、レオポルド殿下が!!」

 ばたばたと扉を叩く音がする。
 時の流れが急速に早まっていく。静かな昼時にふさわしくない女官の声。意気消沈して、絶望に塗れた表情が現れる。焦り具合は、彼女の入室の勢いからもわかる。ルイはあくまで平静を保ちながら、相手を制していった。

「レオポルド様がどうかしましたか」

「マルクス殿下と衝突を……!!対立を起こしているのです!!どうかお願いいたします、ご同行くださいっ!!」

 王太子と、レオポルドの衝突。この口ぶりだと、女官ではまったく手に負えないことになっているらしい。まさかありえないという衝撃に、ルイもララも顔を見合せていた。

「殿下が……?」

「言い合いでもしているのですか?議会で論争がありましたか」

 違います、と金切り声をあげて、女官は質問を遮ってくる。いつもの彼女の余裕綽々な頬が、恐怖心で真っ青でいる。彼女が王宮内でそんな顔をするなんて、初めてだった。

「殴り合いの乱闘です!!王子たちの仲裁をっ、どうか!!」

 大人たちには信じがたい言葉が連なってくる。あのレオポルドが立場を弁えずに、兄とひと悶着しているというのか。
 事態の深刻さがようやくわかり、ルイは荷も持たずに部屋を飛び出していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...