51 / 62
51祝福と束縛④
しおりを挟む貴族たちの催しも終わり、王宮は着々と元に戻っていった。
余韻から目覚めたくないような若者の叫びや、笑い声が、庭のほうから聞こえてくる。まるで彼らも生き辛さを表明しているかのようだった。
会場を出たらそこは見慣れた現実である。祭りを終えた後の虚しさを抱えながら、明日も働くことを迫られる。夢から醒めたくないと若者が思うのも仕方のないことだと、ルイは同情した。
「あの、今日はもう……」
「そうだな。寝ようか」
ルイは枕を引き寄せた。王族の品らしく高級そうな肌触りがする。この日に備えてか、王子の寝台には2つの枕が隣合っていた。
頬にキスを交わし、それきりのんびりと抱き合っていた。
「レオ様には伝えられてよかった」
「俺もルイのことが聞けて、本当に嬉しかったよ」
尻の違和感だけは拭えないが。それでも今夜はいつもより心が軽い気がする。
もっと話したい、伝えたいという欲がルイにはあるのだが、それを夫へ示すことはしない。相手はあっけらかんとしているが、彼にだって情報をのみ込む時間がいるだろう。急ぐことはない。あとは歩み寄るだけなのだから。
「レオ様の夢って、兄君たちを越えて最強になることですよね?」
「そうだ。ずっと変わってないと思うぞ」
「ふふっ、私もその夢に混ぜてほしい……なんて」
ルイは笑いながら、レオポルドに希望を告げていく。自分も筋肉をつけて最強になれたら。それとも兄王子たちを篭絡する?決闘大会で大衆を扇動しても意味はなさそうだ。何をすれば、彼を支えられるか。彼の横で自分は何をすればよいか。わからないことだらけだけど、一緒にいられるなら何でもよかった。
純粋なルイの言葉に、レオポルドは呆れ顔をしている。
「なんです?その顔」
まるで感情のない人形みたいな間抜け面。答えは、無言の内にはぐらかされたまま。
夫側は口づけだけしてくる。「わからないのか」と暗に言われている気がして、ルイは困惑した。
~~~~~
王子とその妻が会場から消えた後、少しだけ騒ぎになった。催事の主役が出ていって、それきり帰ってこないのは初めてだったから。従者たちが場を鎮めることがなければ、「第三王子失踪」の知らせが流れる寸前であった。
二人が慎ましく同じ部屋で寝ていたことは、数人の側近しか知らされていない。これもまた話題を広げることがないよう人を絞った結果だといえる。
「夫妻は肉体的にはつながっていない」
往年の夫妻の関係性に目を向ければ、なるほど魂の伴侶という見方もできなくない。あくまで心を通わせた仲であること。王宮側はそれを周りに伝播し続けている。王子に同性愛のレッテルを貼られては困るからと当然の措置ではあった。
ただし成人儀礼の内容を知っている者であれば、この風説も嘘っぱちだと言い切れてしまうわけだが。
夜が明けるまで、ルイとレオポルドは深く眠り込んでいた。性交後の生々しい跡は、従者が綺麗に整えてくれている。どこもかしこも磨かれた室内の天井を、ルイはぼんやり見つめていた。
(ぜんぶ言ってしまったなぁ)
包み隠さずぶちまけた。レオポルドの顔色もうかがわず、ほぼ一方的に気持ちを吐露した。昨夜を思い返せば、もう自分の悩みなんて残っていないと感じる。
不思議と後悔はない。清々しい気分で、今のところは穏やかな朝を迎えられている。ルイは自分の単純さに呆れつつ、レオポルドの具合はどうかと知りたくなった。
彼の背負っているものへの覚悟を、ルイは改めて考えさせられた。王子として、職務に、一族と家庭に、全力を注いでいる彼のことを。くだらない維持と過去に囚われて、自分は遠ざけていた。
愛情を向けられるのが辛かった。彼の躍進を想うなら、ルイは身を引くことだって考えていたから。ひどく重たい愛情に、身動きが取れなかったのだ。
ルイは、寝息を立てるレオポルドの頬に手をあてた。
レオ様。私のレオ様、あとは何もいらない。もしそうやって告げていたら、あるいは手紙に書いていたら。彼との付き合いがうんと楽だったろうに。変に大人ぶっていたから面倒な遠回りをするはめになってしまった。
「同じ夢を見たいって言ったら、あなたは笑うでしょうか?」
レオポルドがルイを求めるように、ルイもまたレオポルドを求めていた。有り体にいえば共依存に近いそれが、二人の関係の正体だった。
澄んだ空みたいに濁りのない寝顔、さらさらと麦の穂のように揺れる髪色。艶のあるまつ毛。早く目を開けてほしいと、思わずにはいられなくなる。
王子の顔を見つめながら、手に触れる感覚を愛しく思う。大きくなっても変わらないものがあると、ルイは気づくことができた。ようやくレオポルドの少年時代の面影から抜け出せそうな気がした。
189
お気に入りに追加
720
あなたにおすすめの小説
すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜
ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。
恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。
※猫と話せる店主等、特殊設定あり

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる