42 / 62
42成人祭典
しおりを挟む
成人祭典の当日。ルイは気持ちが沈み込んでいた。
慣例にあるような、中秋のよく晴れた朝。王国の若芽を祝うには絶好の日和であったにもかかわらずである。
「私がこれを着るようにと?」
「はい。王妃殿下から、そのようにお下知をもらいまして」
「でもこれ……」
絢爛豪華な式典に出向くための衣装はなにか。それをルイが尋ねる前から、あらかじめ用意がされていた。わざわざ女官たちが持ち寄ってくれたものを目にして、着るべき本人は口を割った。
「儀礼の時と同じものを着ろと?」
「は……はい。そうなります」
レオポルドに身ぐるみを剥がされてから、3日も経っていない。まだ彼との情事が脳裏にこびりついている。あの破廉恥な思い出を、こんなに早くにほじくり返されるとは思わなかった。
「エスペランサ王国の伝統の装いが見たいからと、王妃殿下が申しており」
「慈悲は……ないのか」
あの王妃様のことだ。嫌がらせが目的かと邪推してしまうのは、無理からぬことである。ルイは内心穏やかではないまま、侍女たちの催促にはとぼとぼ従っていった。
衣装を着させられる側は辛いが、身支度を手伝ってくれる側も同じく、すさまじい労力がかかっていた。侍女たちの一生懸命な姿を見ていると、文句を言うのも忍びない。
「耳飾りは、今日はいいよ」
「駄目です!!レオポルド殿下に見せるのは、いつも完璧なルイ様でないといけません」
遠慮しようにもはじき返されてしまう。妥協を許さない女性たちに囲まれて、ルイはあの日と同じ服装に着替えることになった。
さて、会場となっている王宮の最上階では、貴族たちが続々と群がっている。若い令息に、華やかなドレスをまとった令嬢まで。この日が特別な催事になることを、誰もが深く受け止めていた。
若者は王からのありがたい言葉をもらう。
家族や朋友と、無事に大人の仲間入りできたことを喜び合う。粛々とした雰囲気ではあるが、歓喜の感情が渦巻いていく。
眩しすぎる調度品のなかで、事は進んでいった。
(これは王妃が与えた試練なのか)
ルイは明らかに会場で浮いていた。コートとドレスで統一された大人の場で、一人だけ空気の読めない装いでいる。奇抜さはもちろん、神秘と美麗に満ちた彼の姿に、周りは視線を注いでいく。その視線をルイは怖がった。これはマズイと退場を望んだ時には、いささか遅すぎたようだった。
「ルイ様、すごくお似合いですね」
話しかけてきたのはロイド王子、隣には長男マルクス王子もいる。世にも珍しい兄弟の組み合わせに、ルイは悪寒がした。長男のほうとは婚礼ぶりの顔合わせで、初対面に等しかった。
「ロイド殿下、それにマルクス殿下もごきげんよう」
レオポルドの成人を祝うために、2人とも宮に帰ってきたのだろう。王族の参加者は、彼らを含めて支家の人間も多くいると聞く。レオポルドの精悍さに、誰もが驚いているに違いない。
「噂はかねがね」
不愛想なマルクス王子は、そう言って会釈してくる。どんな「噂」だろうかと、ルイは立ちすくみ、おずおずとお辞儀した。
長男は自分のことを毛嫌いしているはずなのに、律儀で真面目なことだとルイは苦々しく思った。
「重そうですね。ぜひ無理はなさらず」
「あ、どうもすみません」
ロイドの手を支えにしながら、立ち直る。服の重さでよろつくなんて情けない。相手に不快感を与えてしまったのか、マルクス王子の厳しい表情がいっそう引きつっている。
「レオポルド様は、今はどちらに?」
「あの群衆の中でしょう。学校の連中と話していると思いますよ」
「そうでしたか。あとで行ってみます」
ロイド王子はいつも通り、兄を前にしても物怖じしない。与えてくれた情報を頼りにして、ルイは王子たちと早速距離をとりたかった。無言の圧で、じろじろとこちらを見てくる長男、愉快そうな次男。人のことをまるで値踏みするかのような目つき。
「おい」とかかる声に場が凍りつき、ルイも動きを止めた。マルクス王子が野太い声で口を開いたのだった。
~~~~~
その厳つい顔は生まれつきか。マルクス王子の容姿は武骨で、華やかさを感じない。長男だからと、やたら負担がのしかかっているようで、強面を常に張り付けている。
いつの日だったか、彼と他国の姫との婚約が噂されていたが、ルイはそれも疑わしいと思っていた。
人に弱みを見せるような人ではない。少なくとも、ルイはマルクスという男をそのように見定めていた。
「近ごろは息災か?」
「え?」
てっきり罵詈雑言を言われるものと心の準備をしていた。予想外の言葉が投げかけられ、ルイは戸惑いを顕わにした。「はい」と急いで首は縦に振るが、相手の思惑がわからない。
「儀礼に駆り出されたと聞いたが、誠のことか?」
「はい……。本当のことです」
「あんたが直々にか?」
「そうです、ご推薦をありがたくも賜ったので」
マルクス王子が真顔以外を見せてくるので、ルイは息が詰まりそうになった。鼻で笑い、初めて表情を崩している。巨大その顔は不気味だった。
「なるほど。これは前代未聞だな」
悪意を含んでそうな笑みに、周囲は反応に困ってしまう。
ルイは何か壮大な陰謀に、自分が巻き込まれているのではないかと一瞬怖くなった。でも、そんな面倒事を起こされるほど自分には価値は無い、とすぐに気持ちは引き下がっていく。ともあれ自分が、都合のよい見世物みたいになっていることだけ理解した。
「やはり男どうしというのは、珍しいことですよね」
「あぁ。俺たちも初めて聞かされた。閨の手ほどきを男が指南するなど、貴族でもそんな試しは無かったからな」
隣で佇むロイド王子も、目に光は無いが頷いている。辺りをじろりと見やると、若者がちらほらこちらに目を向けているのがわかった。
「レオポルドがどうしてあんたを選んだのか、わからないな」
不平不満のように吐きだされた形であるが、ルイはその言葉が素直に受け入れられた。妻のことを持ち上げすぎなレオポルド、年上だからと憧れの念も確かにあったかもしれない。だが、それが恋愛や性愛に結び付くことはおかしいとルイも思っている。
再会して、会話を繰り返し、互いの違いが明らかとなってきた。夫婦という関係で結ばれていなかったら、きっと、この世界で交わっていなかっただろう。
「それは確かに……」
「レオポルドが成長するたびに、つくづく思う。女の幼馴染でもいたら今頃、あいつは申し分のない男に育っていただろうとな」
自分はレオポルドにふさわしくない。わかっている。男が出しゃばるべきではないと、当然理解している。今さら言われなくとも、不相応な愛情をもらっていることぐらい、ルイは痛いほど感じていた。
慣例にあるような、中秋のよく晴れた朝。王国の若芽を祝うには絶好の日和であったにもかかわらずである。
「私がこれを着るようにと?」
「はい。王妃殿下から、そのようにお下知をもらいまして」
「でもこれ……」
絢爛豪華な式典に出向くための衣装はなにか。それをルイが尋ねる前から、あらかじめ用意がされていた。わざわざ女官たちが持ち寄ってくれたものを目にして、着るべき本人は口を割った。
「儀礼の時と同じものを着ろと?」
「は……はい。そうなります」
レオポルドに身ぐるみを剥がされてから、3日も経っていない。まだ彼との情事が脳裏にこびりついている。あの破廉恥な思い出を、こんなに早くにほじくり返されるとは思わなかった。
「エスペランサ王国の伝統の装いが見たいからと、王妃殿下が申しており」
「慈悲は……ないのか」
あの王妃様のことだ。嫌がらせが目的かと邪推してしまうのは、無理からぬことである。ルイは内心穏やかではないまま、侍女たちの催促にはとぼとぼ従っていった。
衣装を着させられる側は辛いが、身支度を手伝ってくれる側も同じく、すさまじい労力がかかっていた。侍女たちの一生懸命な姿を見ていると、文句を言うのも忍びない。
「耳飾りは、今日はいいよ」
「駄目です!!レオポルド殿下に見せるのは、いつも完璧なルイ様でないといけません」
遠慮しようにもはじき返されてしまう。妥協を許さない女性たちに囲まれて、ルイはあの日と同じ服装に着替えることになった。
さて、会場となっている王宮の最上階では、貴族たちが続々と群がっている。若い令息に、華やかなドレスをまとった令嬢まで。この日が特別な催事になることを、誰もが深く受け止めていた。
若者は王からのありがたい言葉をもらう。
家族や朋友と、無事に大人の仲間入りできたことを喜び合う。粛々とした雰囲気ではあるが、歓喜の感情が渦巻いていく。
眩しすぎる調度品のなかで、事は進んでいった。
(これは王妃が与えた試練なのか)
ルイは明らかに会場で浮いていた。コートとドレスで統一された大人の場で、一人だけ空気の読めない装いでいる。奇抜さはもちろん、神秘と美麗に満ちた彼の姿に、周りは視線を注いでいく。その視線をルイは怖がった。これはマズイと退場を望んだ時には、いささか遅すぎたようだった。
「ルイ様、すごくお似合いですね」
話しかけてきたのはロイド王子、隣には長男マルクス王子もいる。世にも珍しい兄弟の組み合わせに、ルイは悪寒がした。長男のほうとは婚礼ぶりの顔合わせで、初対面に等しかった。
「ロイド殿下、それにマルクス殿下もごきげんよう」
レオポルドの成人を祝うために、2人とも宮に帰ってきたのだろう。王族の参加者は、彼らを含めて支家の人間も多くいると聞く。レオポルドの精悍さに、誰もが驚いているに違いない。
「噂はかねがね」
不愛想なマルクス王子は、そう言って会釈してくる。どんな「噂」だろうかと、ルイは立ちすくみ、おずおずとお辞儀した。
長男は自分のことを毛嫌いしているはずなのに、律儀で真面目なことだとルイは苦々しく思った。
「重そうですね。ぜひ無理はなさらず」
「あ、どうもすみません」
ロイドの手を支えにしながら、立ち直る。服の重さでよろつくなんて情けない。相手に不快感を与えてしまったのか、マルクス王子の厳しい表情がいっそう引きつっている。
「レオポルド様は、今はどちらに?」
「あの群衆の中でしょう。学校の連中と話していると思いますよ」
「そうでしたか。あとで行ってみます」
ロイド王子はいつも通り、兄を前にしても物怖じしない。与えてくれた情報を頼りにして、ルイは王子たちと早速距離をとりたかった。無言の圧で、じろじろとこちらを見てくる長男、愉快そうな次男。人のことをまるで値踏みするかのような目つき。
「おい」とかかる声に場が凍りつき、ルイも動きを止めた。マルクス王子が野太い声で口を開いたのだった。
~~~~~
その厳つい顔は生まれつきか。マルクス王子の容姿は武骨で、華やかさを感じない。長男だからと、やたら負担がのしかかっているようで、強面を常に張り付けている。
いつの日だったか、彼と他国の姫との婚約が噂されていたが、ルイはそれも疑わしいと思っていた。
人に弱みを見せるような人ではない。少なくとも、ルイはマルクスという男をそのように見定めていた。
「近ごろは息災か?」
「え?」
てっきり罵詈雑言を言われるものと心の準備をしていた。予想外の言葉が投げかけられ、ルイは戸惑いを顕わにした。「はい」と急いで首は縦に振るが、相手の思惑がわからない。
「儀礼に駆り出されたと聞いたが、誠のことか?」
「はい……。本当のことです」
「あんたが直々にか?」
「そうです、ご推薦をありがたくも賜ったので」
マルクス王子が真顔以外を見せてくるので、ルイは息が詰まりそうになった。鼻で笑い、初めて表情を崩している。巨大その顔は不気味だった。
「なるほど。これは前代未聞だな」
悪意を含んでそうな笑みに、周囲は反応に困ってしまう。
ルイは何か壮大な陰謀に、自分が巻き込まれているのではないかと一瞬怖くなった。でも、そんな面倒事を起こされるほど自分には価値は無い、とすぐに気持ちは引き下がっていく。ともあれ自分が、都合のよい見世物みたいになっていることだけ理解した。
「やはり男どうしというのは、珍しいことですよね」
「あぁ。俺たちも初めて聞かされた。閨の手ほどきを男が指南するなど、貴族でもそんな試しは無かったからな」
隣で佇むロイド王子も、目に光は無いが頷いている。辺りをじろりと見やると、若者がちらほらこちらに目を向けているのがわかった。
「レオポルドがどうしてあんたを選んだのか、わからないな」
不平不満のように吐きだされた形であるが、ルイはその言葉が素直に受け入れられた。妻のことを持ち上げすぎなレオポルド、年上だからと憧れの念も確かにあったかもしれない。だが、それが恋愛や性愛に結び付くことはおかしいとルイも思っている。
再会して、会話を繰り返し、互いの違いが明らかとなってきた。夫婦という関係で結ばれていなかったら、きっと、この世界で交わっていなかっただろう。
「それは確かに……」
「レオポルドが成長するたびに、つくづく思う。女の幼馴染でもいたら今頃、あいつは申し分のない男に育っていただろうとな」
自分はレオポルドにふさわしくない。わかっている。男が出しゃばるべきではないと、当然理解している。今さら言われなくとも、不相応な愛情をもらっていることぐらい、ルイは痛いほど感じていた。
226
お気に入りに追加
719
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる