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42成人祭典
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成人祭典の当日。ルイは気持ちが沈み込んでいた。
慣例にあるような、中秋のよく晴れた朝。王国の若芽を祝うには絶好の日和であったにもかかわらずである。
「私がこれを着るようにと?」
「はい。王妃殿下から、そのようにお下知をもらいまして」
「でもこれ……」
絢爛豪華な式典に出向くための衣装はなにか。それをルイが尋ねる前から、あらかじめ用意がされていた。わざわざ女官たちが持ち寄ってくれたものを目にして、着るべき本人は口を割った。
「儀礼の時と同じものを着ろと?」
「は……はい。そうなります」
レオポルドに身ぐるみを剥がされてから、3日も経っていない。まだ彼との情事が脳裏にこびりついている。あの破廉恥な思い出を、こんなに早くにほじくり返されるとは思わなかった。
「エスペランサ王国の伝統の装いが見たいからと、王妃殿下が申しており」
「慈悲は……ないのか」
あの王妃様のことだ。嫌がらせが目的かと邪推してしまうのは、無理からぬことである。ルイは内心穏やかではないまま、侍女たちの催促にはとぼとぼ従っていった。
衣装を着させられる側は辛いが、身支度を手伝ってくれる側も同じく、すさまじい労力がかかっていた。侍女たちの一生懸命な姿を見ていると、文句を言うのも忍びない。
「耳飾りは、今日はいいよ」
「駄目です!!レオポルド殿下に見せるのは、いつも完璧なルイ様でないといけません」
遠慮しようにもはじき返されてしまう。妥協を許さない女性たちに囲まれて、ルイはあの日と同じ服装に着替えることになった。
さて、会場となっている王宮の最上階では、貴族たちが続々と群がっている。若い令息に、華やかなドレスをまとった令嬢まで。この日が特別な催事になることを、誰もが深く受け止めていた。
若者は王からのありがたい言葉をもらう。
家族や朋友と、無事に大人の仲間入りできたことを喜び合う。粛々とした雰囲気ではあるが、歓喜の感情が渦巻いていく。
眩しすぎる調度品のなかで、事は進んでいった。
(これは王妃が与えた試練なのか)
ルイは明らかに会場で浮いていた。コートとドレスで統一された大人の場で、一人だけ空気の読めない装いでいる。奇抜さはもちろん、神秘と美麗に満ちた彼の姿に、周りは視線を注いでいく。その視線をルイは怖がった。これはマズイと退場を望んだ時には、いささか遅すぎたようだった。
「ルイ様、すごくお似合いですね」
話しかけてきたのはロイド王子、隣には長男マルクス王子もいる。世にも珍しい兄弟の組み合わせに、ルイは悪寒がした。長男のほうとは婚礼ぶりの顔合わせで、初対面に等しかった。
「ロイド殿下、それにマルクス殿下もごきげんよう」
レオポルドの成人を祝うために、2人とも宮に帰ってきたのだろう。王族の参加者は、彼らを含めて支家の人間も多くいると聞く。レオポルドの精悍さに、誰もが驚いているに違いない。
「噂はかねがね」
不愛想なマルクス王子は、そう言って会釈してくる。どんな「噂」だろうかと、ルイは立ちすくみ、おずおずとお辞儀した。
長男は自分のことを毛嫌いしているはずなのに、律儀で真面目なことだとルイは苦々しく思った。
「重そうですね。ぜひ無理はなさらず」
「あ、どうもすみません」
ロイドの手を支えにしながら、立ち直る。服の重さでよろつくなんて情けない。相手に不快感を与えてしまったのか、マルクス王子の厳しい表情がいっそう引きつっている。
「レオポルド様は、今はどちらに?」
「あの群衆の中でしょう。学校の連中と話していると思いますよ」
「そうでしたか。あとで行ってみます」
ロイド王子はいつも通り、兄を前にしても物怖じしない。与えてくれた情報を頼りにして、ルイは王子たちと早速距離をとりたかった。無言の圧で、じろじろとこちらを見てくる長男、愉快そうな次男。人のことをまるで値踏みするかのような目つき。
「おい」とかかる声に場が凍りつき、ルイも動きを止めた。マルクス王子が野太い声で口を開いたのだった。
~~~~~
その厳つい顔は生まれつきか。マルクス王子の容姿は武骨で、華やかさを感じない。長男だからと、やたら負担がのしかかっているようで、強面を常に張り付けている。
いつの日だったか、彼と他国の姫との婚約が噂されていたが、ルイはそれも疑わしいと思っていた。
人に弱みを見せるような人ではない。少なくとも、ルイはマルクスという男をそのように見定めていた。
「近ごろは息災か?」
「え?」
てっきり罵詈雑言を言われるものと心の準備をしていた。予想外の言葉が投げかけられ、ルイは戸惑いを顕わにした。「はい」と急いで首は縦に振るが、相手の思惑がわからない。
「儀礼に駆り出されたと聞いたが、誠のことか?」
「はい……。本当のことです」
「あんたが直々にか?」
「そうです、ご推薦をありがたくも賜ったので」
マルクス王子が真顔以外を見せてくるので、ルイは息が詰まりそうになった。鼻で笑い、初めて表情を崩している。巨大その顔は不気味だった。
「なるほど。これは前代未聞だな」
悪意を含んでそうな笑みに、周囲は反応に困ってしまう。
ルイは何か壮大な陰謀に、自分が巻き込まれているのではないかと一瞬怖くなった。でも、そんな面倒事を起こされるほど自分には価値は無い、とすぐに気持ちは引き下がっていく。ともあれ自分が、都合のよい見世物みたいになっていることだけ理解した。
「やはり男どうしというのは、珍しいことですよね」
「あぁ。俺たちも初めて聞かされた。閨の手ほどきを男が指南するなど、貴族でもそんな試しは無かったからな」
隣で佇むロイド王子も、目に光は無いが頷いている。辺りをじろりと見やると、若者がちらほらこちらに目を向けているのがわかった。
「レオポルドがどうしてあんたを選んだのか、わからないな」
不平不満のように吐きだされた形であるが、ルイはその言葉が素直に受け入れられた。妻のことを持ち上げすぎなレオポルド、年上だからと憧れの念も確かにあったかもしれない。だが、それが恋愛や性愛に結び付くことはおかしいとルイも思っている。
再会して、会話を繰り返し、互いの違いが明らかとなってきた。夫婦という関係で結ばれていなかったら、きっと、この世界で交わっていなかっただろう。
「それは確かに……」
「レオポルドが成長するたびに、つくづく思う。女の幼馴染でもいたら今頃、あいつは申し分のない男に育っていただろうとな」
自分はレオポルドにふさわしくない。わかっている。男が出しゃばるべきではないと、当然理解している。今さら言われなくとも、不相応な愛情をもらっていることぐらい、ルイは痛いほど感じていた。
慣例にあるような、中秋のよく晴れた朝。王国の若芽を祝うには絶好の日和であったにもかかわらずである。
「私がこれを着るようにと?」
「はい。王妃殿下から、そのようにお下知をもらいまして」
「でもこれ……」
絢爛豪華な式典に出向くための衣装はなにか。それをルイが尋ねる前から、あらかじめ用意がされていた。わざわざ女官たちが持ち寄ってくれたものを目にして、着るべき本人は口を割った。
「儀礼の時と同じものを着ろと?」
「は……はい。そうなります」
レオポルドに身ぐるみを剥がされてから、3日も経っていない。まだ彼との情事が脳裏にこびりついている。あの破廉恥な思い出を、こんなに早くにほじくり返されるとは思わなかった。
「エスペランサ王国の伝統の装いが見たいからと、王妃殿下が申しており」
「慈悲は……ないのか」
あの王妃様のことだ。嫌がらせが目的かと邪推してしまうのは、無理からぬことである。ルイは内心穏やかではないまま、侍女たちの催促にはとぼとぼ従っていった。
衣装を着させられる側は辛いが、身支度を手伝ってくれる側も同じく、すさまじい労力がかかっていた。侍女たちの一生懸命な姿を見ていると、文句を言うのも忍びない。
「耳飾りは、今日はいいよ」
「駄目です!!レオポルド殿下に見せるのは、いつも完璧なルイ様でないといけません」
遠慮しようにもはじき返されてしまう。妥協を許さない女性たちに囲まれて、ルイはあの日と同じ服装に着替えることになった。
さて、会場となっている王宮の最上階では、貴族たちが続々と群がっている。若い令息に、華やかなドレスをまとった令嬢まで。この日が特別な催事になることを、誰もが深く受け止めていた。
若者は王からのありがたい言葉をもらう。
家族や朋友と、無事に大人の仲間入りできたことを喜び合う。粛々とした雰囲気ではあるが、歓喜の感情が渦巻いていく。
眩しすぎる調度品のなかで、事は進んでいった。
(これは王妃が与えた試練なのか)
ルイは明らかに会場で浮いていた。コートとドレスで統一された大人の場で、一人だけ空気の読めない装いでいる。奇抜さはもちろん、神秘と美麗に満ちた彼の姿に、周りは視線を注いでいく。その視線をルイは怖がった。これはマズイと退場を望んだ時には、いささか遅すぎたようだった。
「ルイ様、すごくお似合いですね」
話しかけてきたのはロイド王子、隣には長男マルクス王子もいる。世にも珍しい兄弟の組み合わせに、ルイは悪寒がした。長男のほうとは婚礼ぶりの顔合わせで、初対面に等しかった。
「ロイド殿下、それにマルクス殿下もごきげんよう」
レオポルドの成人を祝うために、2人とも宮に帰ってきたのだろう。王族の参加者は、彼らを含めて支家の人間も多くいると聞く。レオポルドの精悍さに、誰もが驚いているに違いない。
「噂はかねがね」
不愛想なマルクス王子は、そう言って会釈してくる。どんな「噂」だろうかと、ルイは立ちすくみ、おずおずとお辞儀した。
長男は自分のことを毛嫌いしているはずなのに、律儀で真面目なことだとルイは苦々しく思った。
「重そうですね。ぜひ無理はなさらず」
「あ、どうもすみません」
ロイドの手を支えにしながら、立ち直る。服の重さでよろつくなんて情けない。相手に不快感を与えてしまったのか、マルクス王子の厳しい表情がいっそう引きつっている。
「レオポルド様は、今はどちらに?」
「あの群衆の中でしょう。学校の連中と話していると思いますよ」
「そうでしたか。あとで行ってみます」
ロイド王子はいつも通り、兄を前にしても物怖じしない。与えてくれた情報を頼りにして、ルイは王子たちと早速距離をとりたかった。無言の圧で、じろじろとこちらを見てくる長男、愉快そうな次男。人のことをまるで値踏みするかのような目つき。
「おい」とかかる声に場が凍りつき、ルイも動きを止めた。マルクス王子が野太い声で口を開いたのだった。
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その厳つい顔は生まれつきか。マルクス王子の容姿は武骨で、華やかさを感じない。長男だからと、やたら負担がのしかかっているようで、強面を常に張り付けている。
いつの日だったか、彼と他国の姫との婚約が噂されていたが、ルイはそれも疑わしいと思っていた。
人に弱みを見せるような人ではない。少なくとも、ルイはマルクスという男をそのように見定めていた。
「近ごろは息災か?」
「え?」
てっきり罵詈雑言を言われるものと心の準備をしていた。予想外の言葉が投げかけられ、ルイは戸惑いを顕わにした。「はい」と急いで首は縦に振るが、相手の思惑がわからない。
「儀礼に駆り出されたと聞いたが、誠のことか?」
「はい……。本当のことです」
「あんたが直々にか?」
「そうです、ご推薦をありがたくも賜ったので」
マルクス王子が真顔以外を見せてくるので、ルイは息が詰まりそうになった。鼻で笑い、初めて表情を崩している。巨大その顔は不気味だった。
「なるほど。これは前代未聞だな」
悪意を含んでそうな笑みに、周囲は反応に困ってしまう。
ルイは何か壮大な陰謀に、自分が巻き込まれているのではないかと一瞬怖くなった。でも、そんな面倒事を起こされるほど自分には価値は無い、とすぐに気持ちは引き下がっていく。ともあれ自分が、都合のよい見世物みたいになっていることだけ理解した。
「やはり男どうしというのは、珍しいことですよね」
「あぁ。俺たちも初めて聞かされた。閨の手ほどきを男が指南するなど、貴族でもそんな試しは無かったからな」
隣で佇むロイド王子も、目に光は無いが頷いている。辺りをじろりと見やると、若者がちらほらこちらに目を向けているのがわかった。
「レオポルドがどうしてあんたを選んだのか、わからないな」
不平不満のように吐きだされた形であるが、ルイはその言葉が素直に受け入れられた。妻のことを持ち上げすぎなレオポルド、年上だからと憧れの念も確かにあったかもしれない。だが、それが恋愛や性愛に結び付くことはおかしいとルイも思っている。
再会して、会話を繰り返し、互いの違いが明らかとなってきた。夫婦という関係で結ばれていなかったら、きっと、この世界で交わっていなかっただろう。
「それは確かに……」
「レオポルドが成長するたびに、つくづく思う。女の幼馴染でもいたら今頃、あいつは申し分のない男に育っていただろうとな」
自分はレオポルドにふさわしくない。わかっている。男が出しゃばるべきではないと、当然理解している。今さら言われなくとも、不相応な愛情をもらっていることぐらい、ルイは痛いほど感じていた。
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