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41幻夢

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「まってよ~~~ルイ~~」

 肌に温い風を受けながら、少年と追いかけっこをした懐かしい記憶。夕日が地平と重なり合って、空全体が青黒く光を帯びる。どこかから聞こえる烏たちの神妙な鳴き声。それに重なるレオポルドの幼い叫び。
 静かな夜の気配が溶けていくころの、ルイが最も美しく感じた景色が、ありありと映し出されていく。

「早くしないと、レオ様だけ置いていってしまいますよ」

「そうはいくか~~」

「ふふっ、全速力で王宮まで行きましょう」

 ルイが前を陣取って進む。遊び足りないレオポルドがそのあとを追っていく。遊戯の帰りは、いつもこのような並び順だと決まっていた。

「俺のほうがはやいんだぞ!!」

「おっ。速さが上がりましたね」

 「まだ遊びたいぞ」と先までねだっていた少年は、今は宮までの競走に夢中だ。必死な足取りで、小気味の良いリズムで土を踏む。ルイはたまに後ろを振り返って、幼い夫がすべって転ばないかを注意深く見ていた。
 歩幅も運動能力も、ルイとレオポルドでは歴然の差があった。だから年長者は気を遣って、あえて小走りを混ぜたりする。

 花や葉の匂いが横をかすめていくたび、ルイはその瞬間を幸せに思った。従者たちを連れて、どこまでも。
 レオポルドに手を引かれて毎日が色づくのがわかる。逆に帰りは、自分が少年をずるずると引っ張っていく。お互いがお互いを導いていくたび、世界は綺麗に染まり上がっていく。

 そして思う。夕暮れの物寂しい光景さえも愛おしくて、尊く感じられることを。

(もう7年も前のことだ)

 その年は、世界中で戦争が多発していた。ルイとレオはそんなこともお構いなく、遊びを謳歌する。王宮通りの林道から、大きな庭にかけての小さな世界がそこには広がっていた。

 これはきっと夢だ。景色のすべてが自らの起こした幻夢であることは、なんとなくルイは頭の中でわかっていた。

「はぁ……はぁ……」

 耳元の近くから、レオポルドの荒々しい息遣いが聞こえてくる。愛らしい声帯ではない。熱くて憂いを帯びていて、ひどく湿っぽい。その響きは大人の男性と区別がつかない。
 ルイは、性交のときに発していた大人のレオポルドの地声を思い出していた。

「好きだ、ルイ」

「馬鹿を言わないでください」

 夢の中だとわかって、ついそんな返答をした。現実ではない自覚があったからこそ、素直なまま口に出せた。
 案の定、かりそめの少年から何も答えはない。ただ真っすぐに、王宮に向かって駆けていくばかり。愉快そうな二つの顔がぼやけていって、彼方へと姿を消していく。

 幕を下ろしたのは騒がしい音だった。ガツンと耳鳴りがした後に、ルイの理想の世界が崩れていった。光も音も、匂いもさほどない。ただ後頭部に柔らかな感触を感じている。

「あぁ……やはり」

 短い夢だった。見慣れた天井を認め、ルイは非常にがっかりした。わかりきっていたとはいえ、もう少しだけ泡沫の余韻を味わっていたかった。

「おはようございます」

 元気な侍女の声には、やんわりと挨拶を返した。できれば時間を置いて来てほしかったなんて、絶対に言えない。
 自室のベッドに横たわって、死んだようにルイは眠っていたという。疲労が欲求に勝ったのか、王子の成人儀礼を終えてから、食事も取らずに寝続けていたと告げられる。

「今しがた、ちょうど起こそうとお邪魔したばかりでした。本日は成人祭典のご準備がありますから」

「祭典……あれか」

 うつらうつらと眠気に付き合いつつ文意を汲み取っていく。
 成人した若者たちを祝うための式は、王宮で華やかに催されるのが定番であった。今年は、第三王子を祝う場でもあるのだから、臣下たちはかなり準備に熱が入っている。

 本番まで残り日数はわずか。王族にも前準備が言い渡されるころだった。

「式の段取りと、踊りの再確認だったよね?」

「そうです。ルイ様の力量ならきっと退屈してしまうかもですが」

「まぁ、そうだといいなぁ」

 儀礼を終えたばかりだというのに。寝ても覚めても、レオポルドのことである。ルイは渋い顔をしながら、おもむろに立ち上がった。
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