41 / 62
41幻夢
しおりを挟む
「まってよ~~~ルイ~~」
肌に温い風を受けながら、少年と追いかけっこをした懐かしい記憶。夕日が地平と重なり合って、空全体が青黒く光を帯びる。どこかから聞こえる烏たちの神妙な鳴き声。それに重なるレオポルドの幼い叫び。
静かな夜の気配が溶けていくころの、ルイが最も美しく感じた景色が、ありありと映し出されていく。
「早くしないと、レオ様だけ置いていってしまいますよ」
「そうはいくか~~」
「ふふっ、全速力で王宮まで行きましょう」
ルイが前を陣取って進む。遊び足りないレオポルドがそのあとを追っていく。遊戯の帰りは、いつもこのような並び順だと決まっていた。
「俺のほうがはやいんだぞ!!」
「おっ。速さが上がりましたね」
「まだ遊びたいぞ」と先までねだっていた少年は、今は宮までの競走に夢中だ。必死な足取りで、小気味の良いリズムで土を踏む。ルイはたまに後ろを振り返って、幼い夫がすべって転ばないかを注意深く見ていた。
歩幅も運動能力も、ルイとレオポルドでは歴然の差があった。だから年長者は気を遣って、あえて小走りを混ぜたりする。
花や葉の匂いが横をかすめていくたび、ルイはその瞬間を幸せに思った。従者たちを連れて、どこまでも。
レオポルドに手を引かれて毎日が色づくのがわかる。逆に帰りは、自分が少年をずるずると引っ張っていく。お互いがお互いを導いていくたび、世界は綺麗に染まり上がっていく。
そして思う。夕暮れの物寂しい光景さえも愛おしくて、尊く感じられることを。
(もう7年も前のことだ)
その年は、世界中で戦争が多発していた。ルイとレオはそんなこともお構いなく、遊びを謳歌する。王宮通りの林道から、大きな庭にかけての小さな世界がそこには広がっていた。
これはきっと夢だ。景色のすべてが自らの起こした幻夢であることは、なんとなくルイは頭の中でわかっていた。
「はぁ……はぁ……」
耳元の近くから、レオポルドの荒々しい息遣いが聞こえてくる。愛らしい声帯ではない。熱くて憂いを帯びていて、ひどく湿っぽい。その響きは大人の男性と区別がつかない。
ルイは、性交のときに発していた大人のレオポルドの地声を思い出していた。
「好きだ、ルイ」
「馬鹿を言わないでください」
夢の中だとわかって、ついそんな返答をした。現実ではない自覚があったからこそ、素直なまま口に出せた。
案の定、かりそめの少年から何も答えはない。ただ真っすぐに、王宮に向かって駆けていくばかり。愉快そうな二つの顔がぼやけていって、彼方へと姿を消していく。
幕を下ろしたのは騒がしい音だった。ガツンと耳鳴りがした後に、ルイの理想の世界が崩れていった。光も音も、匂いもさほどない。ただ後頭部に柔らかな感触を感じている。
「あぁ……やはり」
短い夢だった。見慣れた天井を認め、ルイは非常にがっかりした。わかりきっていたとはいえ、もう少しだけ泡沫の余韻を味わっていたかった。
「おはようございます」
元気な侍女の声には、やんわりと挨拶を返した。できれば時間を置いて来てほしかったなんて、絶対に言えない。
自室のベッドに横たわって、死んだようにルイは眠っていたという。疲労が欲求に勝ったのか、王子の成人儀礼を終えてから、食事も取らずに寝続けていたと告げられる。
「今しがた、ちょうど起こそうとお邪魔したばかりでした。本日は成人祭典のご準備がありますから」
「祭典……あれか」
うつらうつらと眠気に付き合いつつ文意を汲み取っていく。
成人した若者たちを祝うための式は、王宮で華やかに催されるのが定番であった。今年は、第三王子を祝う場でもあるのだから、臣下たちはかなり準備に熱が入っている。
本番まで残り日数はわずか。王族にも前準備が言い渡されるころだった。
「式の段取りと、踊りの再確認だったよね?」
「そうです。ルイ様の力量ならきっと退屈してしまうかもですが」
「まぁ、そうだといいなぁ」
儀礼を終えたばかりだというのに。寝ても覚めても、レオポルドのことである。ルイは渋い顔をしながら、おもむろに立ち上がった。
肌に温い風を受けながら、少年と追いかけっこをした懐かしい記憶。夕日が地平と重なり合って、空全体が青黒く光を帯びる。どこかから聞こえる烏たちの神妙な鳴き声。それに重なるレオポルドの幼い叫び。
静かな夜の気配が溶けていくころの、ルイが最も美しく感じた景色が、ありありと映し出されていく。
「早くしないと、レオ様だけ置いていってしまいますよ」
「そうはいくか~~」
「ふふっ、全速力で王宮まで行きましょう」
ルイが前を陣取って進む。遊び足りないレオポルドがそのあとを追っていく。遊戯の帰りは、いつもこのような並び順だと決まっていた。
「俺のほうがはやいんだぞ!!」
「おっ。速さが上がりましたね」
「まだ遊びたいぞ」と先までねだっていた少年は、今は宮までの競走に夢中だ。必死な足取りで、小気味の良いリズムで土を踏む。ルイはたまに後ろを振り返って、幼い夫がすべって転ばないかを注意深く見ていた。
歩幅も運動能力も、ルイとレオポルドでは歴然の差があった。だから年長者は気を遣って、あえて小走りを混ぜたりする。
花や葉の匂いが横をかすめていくたび、ルイはその瞬間を幸せに思った。従者たちを連れて、どこまでも。
レオポルドに手を引かれて毎日が色づくのがわかる。逆に帰りは、自分が少年をずるずると引っ張っていく。お互いがお互いを導いていくたび、世界は綺麗に染まり上がっていく。
そして思う。夕暮れの物寂しい光景さえも愛おしくて、尊く感じられることを。
(もう7年も前のことだ)
その年は、世界中で戦争が多発していた。ルイとレオはそんなこともお構いなく、遊びを謳歌する。王宮通りの林道から、大きな庭にかけての小さな世界がそこには広がっていた。
これはきっと夢だ。景色のすべてが自らの起こした幻夢であることは、なんとなくルイは頭の中でわかっていた。
「はぁ……はぁ……」
耳元の近くから、レオポルドの荒々しい息遣いが聞こえてくる。愛らしい声帯ではない。熱くて憂いを帯びていて、ひどく湿っぽい。その響きは大人の男性と区別がつかない。
ルイは、性交のときに発していた大人のレオポルドの地声を思い出していた。
「好きだ、ルイ」
「馬鹿を言わないでください」
夢の中だとわかって、ついそんな返答をした。現実ではない自覚があったからこそ、素直なまま口に出せた。
案の定、かりそめの少年から何も答えはない。ただ真っすぐに、王宮に向かって駆けていくばかり。愉快そうな二つの顔がぼやけていって、彼方へと姿を消していく。
幕を下ろしたのは騒がしい音だった。ガツンと耳鳴りがした後に、ルイの理想の世界が崩れていった。光も音も、匂いもさほどない。ただ後頭部に柔らかな感触を感じている。
「あぁ……やはり」
短い夢だった。見慣れた天井を認め、ルイは非常にがっかりした。わかりきっていたとはいえ、もう少しだけ泡沫の余韻を味わっていたかった。
「おはようございます」
元気な侍女の声には、やんわりと挨拶を返した。できれば時間を置いて来てほしかったなんて、絶対に言えない。
自室のベッドに横たわって、死んだようにルイは眠っていたという。疲労が欲求に勝ったのか、王子の成人儀礼を終えてから、食事も取らずに寝続けていたと告げられる。
「今しがた、ちょうど起こそうとお邪魔したばかりでした。本日は成人祭典のご準備がありますから」
「祭典……あれか」
うつらうつらと眠気に付き合いつつ文意を汲み取っていく。
成人した若者たちを祝うための式は、王宮で華やかに催されるのが定番であった。今年は、第三王子を祝う場でもあるのだから、臣下たちはかなり準備に熱が入っている。
本番まで残り日数はわずか。王族にも前準備が言い渡されるころだった。
「式の段取りと、踊りの再確認だったよね?」
「そうです。ルイ様の力量ならきっと退屈してしまうかもですが」
「まぁ、そうだといいなぁ」
儀礼を終えたばかりだというのに。寝ても覚めても、レオポルドのことである。ルイは渋い顔をしながら、おもむろに立ち上がった。
253
お気に入りに追加
723
あなたにおすすめの小説
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる