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39若者の相手は辛い➀
しおりを挟む夜に部屋に籠ったはずなのに、窓のすき間からは明るい光が差し込んでくる。もうどれだけの時間が経ったのか、ルイにはわからない。だが朝のけたたましい鳥の声を聞いて、時間の流れはつかみ取ることができた。
甘ったるい部屋の匂いにうんざりして、ルイはベッドの布に鼻を押しつけた。しかしその挙動を見ていたレオポルドの手に阻まれて、ひょいと懐に招き入れられてしまう。
「近くにこい」
「んっ……」
強めな相手の物言いをルイは拒まなかった。互いにぐちゃぐちゃの気分で身体をつなげていて、もうどうでもよかった。力を抜けば泥のように眠れるだろう。見えているこの感覚、五感も酔っているようで苦しかった。
「女官も呆れているだろうな」
「まぁ、そうですね」
儀礼のため、女官たちは不眠不休で耳を澄ましているのだろうか。自分は王子の懐でもぞもぞしているだけ、他方で女性たちは大事な務めなのだと気を張り続けているかもしれない。そうだったら申し訳ないなと、ルイは軽く気を揉んだ。
「すこし、片づけを始めましょうか」
「いやだ。お前を放したくない」
「うぇ……そのセリフも女官に記録されてますよ」
「いいよそんなもん。好きなだけ書かせておけばいい、ルイは気にしすぎだ」
言い終えてから、王子は腰を丸めて愛しい相手の顔を撫でていった。骨と肉でゴツゴツした手が、ルイの顔の節々に当たる。
「あまり撫でないでください」
「なんで。こんなに可愛いのだから仕方ないだろ」
触れられていない箇所など、もはや無いのではないか。ルイは恥を知りながらも昨夜からの情交でそう思い至った。顔にも胸元にも、背中にだってレオポルドの汗が染みついているような気がする。この空間の甘い匂いが、肺の奥にまで入り込んでいる感じがしている。すっかり骨抜きにされてしまったと、ルイは悔しいながらに自覚があった。
「ルイの髪も、肌もほんとうに魅力的だ。一生撫でていたい」
「そういうこと、あんまり女性には軽々しく言わない方がいいですよ。勘違いされるので」
「俺が他のやつにこんなお世辞を言うはずがないだろう」
「レオ様はいろんな方に素敵なお言葉を投げかけられていると思っていましたが、違うのですか?」
その意見はどうやら見当違いだったらしく、レオポルドは大きく顔を歪ませた。
「ルイには俺がそんな風に見えていたのか」
「違うのですか……?」
「俺が誰とでも付き合いが良くて、模範的な王子だって?」
「え、はい……。真面目で素直で」
王子は頭をかく素振りをしたきり、抱擁する力を緩めていった。棘のような嫌味を言ったつもりはなかったが、ルイは違和感に落ち着かなくなった。
「その思いこみも、ぜひ改めていってほしいな」
「でも。学校にいた頃は、ずいぶん素晴らしいお人柄のようでしたが」
髪を触りながら、頬に口づけを寄せてくる。このレオポルドの愛情表現には慣れることはできない。二人きりだから許しているが、ルイは反射でのけ反りそうになるのを堪えている。
「お前には良いところを見せたかったからさ」
あっけらかんと、それらしいことを口にする。彼の言葉を鵜呑みにするのなら、かつての手紙の内容は、どうやらすべてが事実というわけではないらしい。ルイはショックよりもまず、レオポルドが唐突にそんな話題を放り込んできたことに驚いた。
王子もカッコよく己を見せていたらしい。確かに、6年間も同じように努力を続けて、おまけに周囲にも気を遣えるなんて怖いと思っていた。多かれ少なかれ、どこか一つでも欠点があったほうが納得感がある。
完璧だった若者のイメージが、少しずつ人間味を帯び始めてくる。それによって、ルイはむしろ安心感さえ抱いていた。
「好きだ、ルイ」
「んん……もう口はやめて」
ぐちゃぐちゃな空間、外に出るのも気まずくなるほどの散乱っぷり。目も鼻も覆いたくなるほどの現場とも、そろそろ離れる頃合いであろう。ここでレオポルドの勝手に任せていたら、次は意識も残してもらえないかもしれない。
退出しよう。ルイはそう決め込んで、王子の求愛に応じることはしなかった。
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