ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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35さらさらと

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 浅はかで薄らかな人間には、似つかわしくない上質の衣。偽りが込められた自分自身の魂を隠すように、ルイはそれらを着て重ねていた。

 相手に見せるのは清廉な姿。妖精の微笑みをルイが演じることで、舞台にたちまち花が舞うかのようだ。暗く寂しい空間にも色が戻っていく。新鮮な空気が再び、淀みなく辺りを包んでいった。

 襟に、裾に手がかけられる。熱さが徐々に下がっていく。首の周りや足にかかる負荷が、しずまり、ルイの方もようやく身動きが取れるようになっていった。
 ひらりと落ちていく服の音。身から外されていく柔らかい布は、ルイの足下を明るく染めあげる。桜花が散っていくように、哀愁を含んだそれらは沈黙しても、なおも鮮やかに視界に入ってくる。
 一枚、二枚と服の紐が緩められ、人の形を崩していく。顕わになっていくルイの肌を、レオポルドは瞬きを忘れるほどに凝視していた。

「焦らないで」

「うん……善処する」

 一枚ずつ、彼の手によってめくられていく。ルイは相手の理性を抑えながら、じっと身を委ねていた。
 荒い息遣いの他には何も聞こえないが、感情の高まりをこれでもかと感じる。欲望に忠実な若いレオポルドの心も、視線も、身体も、ルイを直接求めていた。

 理性のタガがはずれて、いつ押し倒されてもおかしくない非現実的な瞬間。レオポルドは苦悶の表情をしながらも、頭をいまだ制御できている。

「ルイ。俺……、もう」

「苦しいのですね。レオポルド様、私にできることがありましたら遠慮なく」

 下半身に目を向けると、膨張した男性器に驚愕する。わからない。ルイは自分に欲情しているレオポルドに信じられないといった顔をした。

「え……なにこれ」

 これが男性器の勃起だと言い聞かせても、ルイは己を信じることはできなかった。レオポルドのそれは、一般のそれとは明らかに異質なものであった。赤く腫れて、熱を激しく孕んで、別の生き物に寄生されているのかとさえ思える。
 故郷で習った男性器の型に当てはまらないことはもちろん、凶暴なそれが人の身体に入るのかと恐怖を煽ってくる。

「俺のはどこか、おかしいのか」

「そういうわけでは。ただちょっと」

 「挿入るのかな……」とルイは意識せずにぼやいていた。はっとして、首を横に振り、余計なことを考えてしまった自分を大いに恥じた。猥雑な想像をするまでもなく、どちらであれ後でわかることだ。

 床にばらばらと服が流れていき、最後には下着だけが残った。ルイはこれを他人に脱がされたくないと、レオポルドを待たずにベッドに先入りした。

「待てよ、ルイ」

 ベッドに侵入してきたレオポルドは、ルイの手を迷わずに捕らえた。仰向けになった彼をつなぎ止め、柔らかい敷き布の上で拘束した。
 細くとも筋肉がそれなりにあるルイの腕、絶対に放すまい。そんなレオポルドの明確な思いを受けて、ルイは鼓動を早めていた。

「もう放さないからな」

「怖いです、大きすぎて」

「それは、慣れてほしいぜ。俺が帰ってきてからもう半年も経っているだろ」

「違います。体格の話じゃなくて……」

 ルイの視線をたどれば、レオポルドの下半身へと行き着く。
 男性器が近くにあることで、ルイは少なからず怯えていた。自分の腕ほどもある剛直な肉棒、長大な男の象徴が暴れ出さないかと気になってしまう。

 レオポルドが腕を閉じて抱擁してくる。視界が急に暗転したかと思ったら、ルイは直後にレオポルドの温もりを全身に受けていた。大きな高揚感で満たされていき、むせ返るほどの雄らしい匂いにも襲われる。

「くさい」

「俺がか?あんなに洗ったんだけどな」

「くすっ、冗談です」

 可愛かったあの子が、こんなに逞しい男に成長してしまった。ルイは自分が抱きしめられて、ようやくその実感が湧いてくる。
 頼もしくなった。知らない間に、男の色っぽさまで醸し出すようになってしまって、ルイは気が気ではなかった。

「その笑顔が、ずっと好きだった」

「また。レオポルド様の冗談はわかりづらいです」

「冗談……?俺の態度はルイにはそんな風に見えてるのか」

 眼前にレオポルドを迎えて、心と身体が別離したように、ルイは彼の顔をぼうっと眺めている。女性に見せるような相手の甘い表情を、ルイは意識してしまった。感慨が押し寄せてくるだけで、深い意味は考えないようにする。

「お前とずっとこうしていたい。抱き合ってるだけで、もう十分になる」

「汗でびしょびしょになりそうだから、私は嫌ですね」

「情緒もあったものじゃないな」

「私は大人なので、そういう感性が鈍いんです」

 言葉では虚勢を張っているがルイはレオポルドより余裕を感じていなかった。心臓が右へ左へ飛び出しそうになるのを、なんとか隠している状態だ。

 抱擁が解かれて、鼻先が触れる。上からの荒っぽい呼吸をルイは黙って聞き取っていた。

「俺を見てくれ。ルイ」

「見てますよずっと、手紙も合わせて何年間も」

「もっと見てくれ。俺だけを見て」

 束の間の静寂が、幻のように過ぎていった。レオポルドの口がわずかに震え、強い感情の波にさらされていることがわかる。

「俺はどこが一番変わったと思う?」

「外見と、声でしょうか」

「あとは?もっとあるんだろ」

「におい……、と私のことをよく訊ねてくること?」

 互いの密着部のすき間から、冷たい風が通り抜けていく。ルイの頬には片手が置かれて、王子は無防備に腹と下腹部をさらしていた。

「これからはそういう変化も、受け入れていってくれないか。俺のことをルイがもっと知れるように俺も頑張るから。昔みたいに傍にいてほしいんだ」

 血走った目に、興奮を堪えながらも訴えかけてくる。性欲の赴くまま、獣と化すほうが楽であろうに、ひた向きな姿勢で説得してくる。健気な人だなと、ルイはレオポルドを見てそう思った。

 ただちに「はい」と一言。肯定でも否定でもない。ルイは考えられるなかでは最も無難な返しをした。レオポルドを愛する、夫婦のような関係を築くことへの自信はない。でも気持ちに応えたいとは思うし、できる限り、レオポルドの幸福を叶えてやりたいとも望む。

「キスしていいか……ルイ」

 差し出される口もとを、ルイは弱々しい力で塞いでいた。手を伸ばして相手の肩を止めて、侵攻をせき止める。でないと、だく流のようにレオポルドの欲が襲ってきそうな予感があったからだ。

「どうぞ」

 眼下から許しを告げる。そこからは間髪いれる暇さえなかった。
 あまりにも軽い、触れるだけの口づけ。酸いも甘いも見分けられない、単なる皮膚の接触があるだけ。それが両者の初めての経験として刻まれるのだった。

 抱擁がなされて、ルイは相手の背に手をまわした。できるだけ表情が見えないように顔をうずめる。自分の頬が上気していることを相手に悟られないよう、ルイは必死に隠れることに徹していた。

ーーーーー
次回からがっつり性描写が入ってきます。
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