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34帯は縛らないで

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 部屋に着いたら真っ先に口上を述べることになっている。ありがちな台詞だから覚えるのは容易い。でも窮屈な衣装から声を出すとなると、途切れないか心配になる。

「ルイ・シオンと申します。霊験あらたかな王家におかれましては、うら若きレオポルド殿下がご成人に相成りましたこと、執着至極に存じ上げます」

 頭がぷるぷるする。お辞儀の姿勢を崩さないように、ルイは頑張って首に力を込めた。言い終えてからも動いてはいけないので、苦しみは維持されることになる。

「ルイ……すごく、綺麗だな」

 臆面もなく伝えてくるレオポルドの身には、最低限の上着がかかっているだけ。特注の羽織りが王子の肉体美をうまく隠していた。装いの差にルイはびっくりしたが、なんといっても相手の上裸をまざまざと見せつけられることになるとは思ってもいなかった。

「レオポルド様は身軽なのですね」

「そう……だな。身体をベタベタ執拗に洗われたよ」

 うす暗い室内は月の光も遮断して、外部の音さえ響いてこない。同じ宮の中だというのに、壁の厚みが違うからなのか、外からの刺激は無に等しかった。
 見るからに豪華なベッドが一つと、手ぬぐいがその上に山積みになって置かれている。立ち込める匂いの正体は、天井に吊るされた香袋から発せられていて、甘い感覚が鼻のなかを抜けていくかのようだった。

「俺だけこんな裸だと恥ずかしい。会っていきなりだと、すごく緊張してしまうし」

「ふふっ、レオポルド様がそれほど気を張る必要はないと思いますが」

 レオポルドが勢いよく話しかけてくる。数日ぶりの彼の表情。精悍な顔つきに、わずかな気苦労が見受けられる。儀礼に対しての不安があるのだと、相手に尋ねずともわかり、ルイはわずかに頬を緩ませた。

「ルイはこういう経験は何度かあるのか?」

「いいえ、今夜が初めてでございます」

「そうか。泰然としているな。こういういかがわしい空間に慣れているのかと思ったぞ」

「衣装が重たいので、表情を出す余裕がないだけです。私も怖くて堪りません」

「じゃあ俺たち同じだな」

「たぶん。そうですね」

 ルイは恥じらいを感じながらも、はっきりとしゃべることができた。演目にこのような雑談の予定はなかった。この後は自由な営みの時間、身体をつなげることだけが求められていた。

「もっと近づいていいか?」

「はい、どうぞ」

 あと半歩の距離までレオポルドが接近してくる。呼気と、胸部の呼吸する動作がしっかりと目に入ってきた。

「まだ俺を恨んでいるよな」

「恨む?なにをでございますか」

「お前に相談もなくこんな儀礼に付き合わせてしまっている。勝手なことだと、誰だって嫌な気持ちになるのは当たり前だ」

 あぁ、とルイは目を細めた。レオポルドは嬉々としてこの状況を望んでいたわけではないらしい。目の前では、自分と同じようにむしろ複雑な気持ちを抱えているように見える。

「レオポルド様が成人になったことを示すための行事ですもの。配偶者である私が矢面に立たされることに、理不尽を感じてはいませんよ」

「でも拒絶したかっただろ?」

「はい。断じて、閨の手ほどきなどしたくありませんでした」

 ルイがきっぱりと言い放つと、レオポルドはしょんぼりとした顔をする。

 ルイは切実に思う。自分には不適切な務めであり、レオポルドの性癖を歪めてしまう恐れだって無いわけではない。この出来事の後にも尾を引くことは、百も承知している。だがそれが良い方向に進んでくれることをルイは願ってばかりだった。

「でも私はレオポルド様が立派になってくれれば、それでいいのです」

「ルイ……」

「そのためだったら多少嫌なことでもこなしますよ。私が男でも、必要とあらばレオポルド様にこの身を捧げるくらい、安いものです」

 本音はその逆。性交なんて嫌で嫌でたまらなかった。相手がたとえ可愛がっていた幼い夫だろうと。

 毎日、苦しい自問自答にさらされていた。だからこそ、ここだけは気丈に、相手に年上らしく振る舞いたいとルイは思っていた。成長しようが17歳の若輩者に、手を取ってもらうわけにはいかない。

 年長者は歯をくいしばるように、レオポルドと対面していた。

「だから早く、この帯を解いてください」

 ごくっと生唾を飲む音がする。レオポルドの理性が揺らぐ瞬間は、見ていてわかりやすかった。
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