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32現場到着

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 王宮は落ち着きのない、くすぶった雰囲気を醸しだしている。伝令係や下人のよく通る声、女官がばたばたと上と下を行き来する音も連なっていく。
 レオポルド王子が帰って来てから半年後のこと。成人を迎えるであろう人のために、輝きが加えられていく王宮の中を、ルイは堅苦しい表情で歩いていった。

「いよいよでございますね」

「ララ、緊張するからあんまりそういうこと言わないでよ」

 三層からなる王宮内部は、上の階に行くほど重要な施設が集まっている。会議の場や、謁見場を含んだ王族の室はほとんどが最上階にある。ちなみにルイは外様の人間なので、一階層の奥まった部屋で納まることとなっていた。

 宮殿の東、豪奢なもので埋め尽くされた空間で呼び止められる。
 ずらりと並んだ女官たちに、ルイは端から挨拶を交わしていく。彼女らのなかには顔見知りから友人まで、多くの関係者がいて、気が気ではない。列の一部から励ましの声が送られても、ルイには緊張感を誘っているようにしか思えなかった。

 女官の一連の説明を聞くふりだけする。前日に同じことを言われた気がするので、ルイもララもあまり聞く姿勢にはなれない。


 壁の向こうの部屋にレオポルド王子が来る予定であること。自分たちは隣の室で準備を整えてから、彼と対面すること。その際にはルイのお供も化粧やら伝統衣装やらの着付けを手伝うこと。頭に入れておくべき点はそれぐらいだ。女官長らしき人が口を酸っぱくして忠告してくるから、ルイは「わかりました」の言葉を繰り返した。

「王子に万が一のことがありましたら、遠慮なく我々をお呼びくださいませ。業務中でもすっ飛んで参りますから」

「頼りにしています。どうぞよろしくお願いします」

「ではルイ様、予定通りこちらで身を清めていただきますので、ご一緒に参りましょう」

 女官長らと別れて、招かれた場所へとルイは躊躇いなく入っていった。
 王宮の東側。儀礼ではこの方角の部屋が用いられることと決まっているが、これに深い意味はない。単なるゲン担ぎ。立派な男性は決闘場がいつでも見える位置を好むという古典によるものだ。

(中身は適当なのに、形式だけはしっかり残しているんだな)

 ルイは身につけているものを脱ぎながら、無駄なことを考えていた。
 この日に至るまで、儀礼にまつわる数々のいらない知識を注ぎ込まれてきた。王国の慣習がどれほど歴史深いものか。シオン家の偉大さと寛容さ、男たちの余裕のある態度は儀礼のおかげなのだと、力説された。

 それらを聞いたルイの感想としては、女官の忠誠心の高さがすごいなということだけ。熱量は感じる。あとは何もわからない、ほんとに辛い時間だった。

 ようやく今日でそれも終わると思うと、ルイは謎のやる気がほのかに湧いてくる。あれほど嫌だった指南役、年長者としての重たい責務。女官の熱い語りと比べれば、一瞬で済ませられるところだけは良心的だ。2分で儀礼を終わらせてやると、彼は心の中で叫んだ。


 洗い場の豪華さに肝を冷やしながら、指南役はあの手この手で洗体を受けていった。裸体を見せることを恥じる暇はあまり無かった。恥部を隠すくらいの挙動はしていたが、女官はてきぱきと部位を洗い終えていく。

 香水のような芳香品を大量に浴びせられて、自分の体臭がすべて抜けていく感覚がする。髪と皮膚がピカピカなのは香油のせいだろう。いらぬ気遣いだろうに、この日のために各地から厳選された品々が用いられていた。

「王子の成人を祝っているのは、宮内の我々だけではありません。現在だけでおよそ200の貴族家からの祝いが届けられているのです」

「すごい。そんなに多くの家がレオポルド様のことを……」

「ルイ様に向けての祝い品も、かなり多くありましたよ。あとで確認してみましょう」

 ルイは、自分に贈り物をするなんてよほど王族を敬っている貴族がいるのかと感心した。だがそれらの祝いは、彼が野外授業で得た支持と知名度によるものであった。緩やかだが、順調に王宮内外へとルイ・シオン妃の影響力が如実に表れている。

「では、そろそろお召し物を」

 呼ばれた側は口を閉ざし、女官の顔を見上げた。本格的に着付けが始まるようである。キツく着物でぐるぐる巻きにされる、ルイはあまり思い出したくない記憶を振り返っていた。
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