ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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25野外授業

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 第三王子の妻であるルイ・シオン妃が催す「野外授業」は活況を見せており、貴族たちの往来も盛んであった。王宮の警備は拡張されて、現在では湖の全体にまで見回りが張りついている。

 およそ20人前後の令息令嬢が、毎日のように湖に集う。顔ぶれはさまざまで誰もが定時内なら好きに立ち寄ることが許されていた。ルイの頭のなかには、参加人数の倍以上もの名家の名が刻まれている。いつどこで新たな貴族が見物に来るかわからないからである。

「そんなに面倒を見ているのか。大変じゃないか」

「私だけじゃなくて王宮の従者も手伝ってくれているのです。多い時はやっぱり授業どころじゃないので」

「すごいな。本当に小さな学校みたいだ」

 学校というより、託児所?ルイは曖昧としたこの場をしっかりと定めたことはない。
 自由で開かれた環境でこそ、幼い子どもたちはよく育っていくものだ。青空のもとで騒がしく勉強することだって、立派な取り組みといえる。

 堅苦しいものは王立学校に行ってから、身につければよいだろう。ルイは自信をもってここでの務めに取り掛かった。



 つつがなく今日の授業は済ませ、ルイは子どもたちと歓談する。何気ない遊びのことや親への不満から愚痴まで、子どもは活き活きと臆面もなく言ってくる。ルイはそんな光景に立ち合うのが一番好きだった。
 無邪気で素直な子たちと話していると、まるで6年前に戻れたような気分がするから。

「ねぇルイ様。あちらの人はだれかしら」

「え……?どこの」

 子どもが森の方向に指をさす。目で追っていくと、レオポルド王子がこちらに視線を送りながら立っていた。

「ずっといるのよ。あそこに、すごくすてきな男の人が」

 そんな少女の声を皮切りに、近くの子どもたちが王子を探していった。子どもらしく遠慮もなしにレオポルドを見定めて、目を輝かせている。「イケメン」とか「でっかい」とか月並みな感想が聞こえてくるのもお決まりだった。

「こら。その辺にしておきなさい。あちらの方はレオポルド・シオン殿下、この国の王子様ですよ」

「えっ、じゃあルイ様の旦那様っていうこと?」

 物知りな子どもが鋭い指摘をしてくる。ルイは収拾がつかないことがわかって沈黙を守った。態度だけは王子にお辞儀して、こちらに来てほしいと手で招いていく。


 夕暮れ時まで湖畔は賑やかだった。
 来てくれた子どもが全員帰っていくまで、レオポルドへの質問攻めが繰り返されていた。少女たちの王子への絡みっぷり、男の子の興奮ぶりは異常で、さすがは皆の憧れなのだと思い知らされる。

 王宮に戻るため、荷物をまとめようと侍女たちが動き出し、ここに残っているのは少しの人員だけとなった。

「レオポルド様。先ほどの授業は聞いていたのですか?」

「あぁ少しだけな。シオン文字の組み合わせをフォークとスプーンで喩えるところ、昔の俺が聞かされたのと同じで懐かしかったな」

 文字の形を説明するために小道具を用いていた。王子が言うとおり、授業はすべて彼に授けたものの改良版である。ルイは自分が楽しかったころを思い出すために、自己満足を兼ねながら授業を考えていた。

 未練がましいやつと思われたかもしれない。ルイは気恥ずかしくなって相手から目を背けた。

「あの時より説明が上手くなっていた」

「そ、そんなに覚えているのですか?」

「当たり前だろ。俺に親身になって教えてくれる人なんて、ルイだけだったからさ」

 ぴよぴよと鳥の陽気な鳴き声が聞こえてくる。後ろからは従者たちの愉快な声と、木が風で擦れる音がする。上質な自然のなかで二人はぱっと目を合わせた。赤く爛々とした瞳のなかからルイは、かすかな揺らぎを感じ取った。

「なぁ俺たちがここで初めて巡り会った日のことを覚えてるか?」

「き、急ですね。ずいぶんと昔のことを」

 脈絡もなく、隣のレオポルドが変なことを口にする。自然の景色に触発されたのか、感傷的になっているのかもしれない。ルイは慌てながらも見守ることにした。

「婚礼を抜け出した俺に、お前は怒ることもなく接してくれたよな」

「あのころはレオポルド様はまだ幼かったですから。それに私も婚礼にはほとんど無関心だったので……」

「そうだったのか」

 今ここで知ったような顔を王子はしてくる。ルイは政略結婚に乗り気になれるような思考は持ちあわせていない。自分は実家から半ば野放しにされて、ここで生活している。せめてもの慰めは、その夫が無垢な子どもだったことだ。

「親や従者からも見放され孤独になってた俺に、お前は『いっしょに帰ろう』って言ってくれた」

「そんなこともありましたね」

「嬉しかったんだ。実は今でもときどき思い出す」

 王子はルイと湖で出会った日のことを語る。月夜が綺麗な夜で、幼いレオポルドは森に隠れていた。ちょうどさっきのように。寂しそうな子どもの像だけがルイにも明瞭に思い出された。

 相手の昔語りがどんな意図をもっているかルイにはわからない。情報はすぐに理解したが、反応に困ってしまう。

 ルイは別にレオポルドを感慨に浸らせるような行動をとっていたわけではない。組み立て式の椅子を片付けたり、筆記する道具をまとめたりしていただけだ。

「あ……え……?」

 腕を軽く掴まれて、身体が相手側に寄せられていく。レオポルドの伏せられた目は確かにルイを捉えている。

「俺一人じゃダメなのか?」

「なに……が」

 最後までやさしくルイは引き込まれて、ぽすんと相手の懐におさまった。指先は触れず、足も寄せれず。腕にまとわりついたそれのみの力で彼はどうにかなってしまった。王子の鼓動が耳を打つ。放心はなおも続く。
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