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19麗しの部屋
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落ち着いて冷静になって、母への私怨は置いておくとして、儀礼は重要だ。まぁ道理はわかる。だが百歩譲ろうと、他の女性と同じ床に入ることをレオポルドは断じて望まない。たとえ国一番の美女が迫ってきても願い下げだった。
「俺には妻がいます」
「じゃあ奥方に頼みましょうか?」
今度はレオポルドが顔色を崩す番であった。それを言われては、彼は肯定も拒否もできなくなる。
「お、俺とルイは男どうしですが?」
「はいはい。そうでした、でも儀礼自体は男も女も制約がありません。だから可能ですね」
レオポルドは心の内を見破られまいと、息を止めた。誰にも漏らしたことのない自らの淡い想い。なんだかよくわからないが、あのやさしくて美しい人を思い出すと、多幸感に包まれる。銀色の彼の髪が恋しくなるのだ。
「あちらが成人の際の儀礼を知っているかはわからない……でもまぁ。きっと受けてくれはするでしょう」
「母上がなにを仰りたいのか、俺にはさっぱりで」
だからなんだと、ことも無さそうに女性はあくびをした。
「さっさと童貞を捨てなさいってこと。誰でもいいから、適当に相手を選んでしまえばいいのよ」
目の前の女は奥底に悪魔を宿している。なんでも自分の思うがまま、やることなすことが肯定されると考えている。レオポルドは言い返す言葉がなくても心だけは必死に抗っていた。
「国の仕事を請け負うため。それと決闘大会に騎士として出たければ、あなた、ちゃんと王宮のことは果たしなさいな」
「言うとおり……相手は選びます。でも、決めるのは日を改めてからでいいですか?」
これがギリギリの妥協点。できれば性教育なんてしなくてもいいのだが。拒んだらまた、面倒なことになりそうだ。
今はなにより、レオポルドはこの場から去りたかった。ここで詰め寄られたら、妻への好意をぽろっと口に出してしまいそうになる。
懇願するように母と向かい合い、「いいでしょう」という彼女の声がして、王子側はひたすらに安堵した。
「決めたら私の従者に伝えなさい。相手の適性があるかないかくらいは調べておきたいですからね」
さっと身を翻して、王妃は去っていく。言うだけ言ってまるで台風一過のように廊下を抜けていった。順々とお辞儀してくる従者たちの目配せを受けながら、レオポルドも目的の場所に歩を進めていった。
ルイの自室に着いたレオポルドは、意中の相手がいないことをまもなく悟った。湖のほうか、中庭にいるのか。厨房という可能性もある。とにかく王宮中を探しにいこうと彼は気を急かした。
反転しようとしたレオポルドは、ふと部屋の卓の上に置かれたものを見た。大量の白い紙束だ。整えて丁寧に重ねられたそれらは、自分が書いた手紙で間違いなかった。
律儀に封筒は折り畳まれてある。今日の朝にでも読み返していたような、そんな形跡を感じた。
「読んでいたのか……?」
手紙の内容から5年も前のものだとわかる。友人と剣の鍛錬をしたとか、狩りの技術が上がってきたとか、くだらないことばかり記してある。書いた本人すら恥ずかしくなるような汚い字で、起こったことを書きまくっていた。
「これも、見ていたのかな」
らしくないが、手紙の最後には絵や詩を書いて送ることにしていた。感情を文字にするのは気が引けるから、その時に見聞きした本や風景を引用する。11歳で宮を離れてから欠かしたことはない、ルイへのせめてもの愛情表現のつもりだった。
相手から送られてくる手紙は、いつも堅苦しかった。もっとルイのことが知りたいのに、周りのことばかり。王宮の内情なんてどうでもいい。母や兄の話題なんて一行にまとめてしまえばいいのに、ずらずらと文字を並べる。紙のどこを見ても、彼の生活を垣間見ることはできない。
(俺たちは夫婦だったよな)
王立学校の寮で、レオポルドは何度モヤモヤしたか。そして挙句の果てには「ルイが浮気しているのでは?」と疑うことさえあった。それも今では笑い話だ。
「あのころと同じにおいだ」
部屋にただようかすかな人の残り香。レオポルドは急に切なさを感じた。ずっとここにいたかった、彼と同じ空気で満たされていれば十分だった。少年時代に思っていたことは嘘でも偽りでもない。
たくさんの経験をしてここに舞い戻るのが宿願だった。ようやく今、それが叶ったのだ。
部屋のなかで、レオポルドはそんな感動をひとしお感じていた。しばらくすると部屋の外から靴音がしてくる。その音が誰によるものかは考えるまでもなかった。
「俺には妻がいます」
「じゃあ奥方に頼みましょうか?」
今度はレオポルドが顔色を崩す番であった。それを言われては、彼は肯定も拒否もできなくなる。
「お、俺とルイは男どうしですが?」
「はいはい。そうでした、でも儀礼自体は男も女も制約がありません。だから可能ですね」
レオポルドは心の内を見破られまいと、息を止めた。誰にも漏らしたことのない自らの淡い想い。なんだかよくわからないが、あのやさしくて美しい人を思い出すと、多幸感に包まれる。銀色の彼の髪が恋しくなるのだ。
「あちらが成人の際の儀礼を知っているかはわからない……でもまぁ。きっと受けてくれはするでしょう」
「母上がなにを仰りたいのか、俺にはさっぱりで」
だからなんだと、ことも無さそうに女性はあくびをした。
「さっさと童貞を捨てなさいってこと。誰でもいいから、適当に相手を選んでしまえばいいのよ」
目の前の女は奥底に悪魔を宿している。なんでも自分の思うがまま、やることなすことが肯定されると考えている。レオポルドは言い返す言葉がなくても心だけは必死に抗っていた。
「国の仕事を請け負うため。それと決闘大会に騎士として出たければ、あなた、ちゃんと王宮のことは果たしなさいな」
「言うとおり……相手は選びます。でも、決めるのは日を改めてからでいいですか?」
これがギリギリの妥協点。できれば性教育なんてしなくてもいいのだが。拒んだらまた、面倒なことになりそうだ。
今はなにより、レオポルドはこの場から去りたかった。ここで詰め寄られたら、妻への好意をぽろっと口に出してしまいそうになる。
懇願するように母と向かい合い、「いいでしょう」という彼女の声がして、王子側はひたすらに安堵した。
「決めたら私の従者に伝えなさい。相手の適性があるかないかくらいは調べておきたいですからね」
さっと身を翻して、王妃は去っていく。言うだけ言ってまるで台風一過のように廊下を抜けていった。順々とお辞儀してくる従者たちの目配せを受けながら、レオポルドも目的の場所に歩を進めていった。
ルイの自室に着いたレオポルドは、意中の相手がいないことをまもなく悟った。湖のほうか、中庭にいるのか。厨房という可能性もある。とにかく王宮中を探しにいこうと彼は気を急かした。
反転しようとしたレオポルドは、ふと部屋の卓の上に置かれたものを見た。大量の白い紙束だ。整えて丁寧に重ねられたそれらは、自分が書いた手紙で間違いなかった。
律儀に封筒は折り畳まれてある。今日の朝にでも読み返していたような、そんな形跡を感じた。
「読んでいたのか……?」
手紙の内容から5年も前のものだとわかる。友人と剣の鍛錬をしたとか、狩りの技術が上がってきたとか、くだらないことばかり記してある。書いた本人すら恥ずかしくなるような汚い字で、起こったことを書きまくっていた。
「これも、見ていたのかな」
らしくないが、手紙の最後には絵や詩を書いて送ることにしていた。感情を文字にするのは気が引けるから、その時に見聞きした本や風景を引用する。11歳で宮を離れてから欠かしたことはない、ルイへのせめてもの愛情表現のつもりだった。
相手から送られてくる手紙は、いつも堅苦しかった。もっとルイのことが知りたいのに、周りのことばかり。王宮の内情なんてどうでもいい。母や兄の話題なんて一行にまとめてしまえばいいのに、ずらずらと文字を並べる。紙のどこを見ても、彼の生活を垣間見ることはできない。
(俺たちは夫婦だったよな)
王立学校の寮で、レオポルドは何度モヤモヤしたか。そして挙句の果てには「ルイが浮気しているのでは?」と疑うことさえあった。それも今では笑い話だ。
「あのころと同じにおいだ」
部屋にただようかすかな人の残り香。レオポルドは急に切なさを感じた。ずっとここにいたかった、彼と同じ空気で満たされていれば十分だった。少年時代に思っていたことは嘘でも偽りでもない。
たくさんの経験をしてここに舞い戻るのが宿願だった。ようやく今、それが叶ったのだ。
部屋のなかで、レオポルドはそんな感動をひとしお感じていた。しばらくすると部屋の外から靴音がしてくる。その音が誰によるものかは考えるまでもなかった。
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