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16長い月日 6年後

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 季節がはてしなく移っていき、また何度目かの春がせまって来る。
 シオン王国はこの上ない平和のなかにある。豊かな食べ物と潤沢な資源にめぐまれて、国内外の秩序は乱されることがない。

 幸せな民衆。善良な貴族たちと、尊敬できるシオン王家。傍から見ればすべてが揃っていた。
 煙突からの煙がもくもくと上がる民家に、わだちの音を散らす荷馬車。シオンの星をかかげるラッパ隊がリズムを奏でる。シオン軍の騎士が道を横切れば、老若男女が群れのように集まりだす。人里はさらに賑わい湧き上がっていく。

 憧れの騎士様のご尊顔を拝みたいと大勢が狂喜乱舞する。この国では騎士ほどの輝きを放つ職業人も、ほとんどない。


「おう乗るのかい?どこまで行こう?」

「王都にあるシオン王宮前まで頼む」

「もちろんいいが、あの辺は王侯貴族の私有地ですな」

 とある男が乗合馬車に乗りこんできて、行き先を口にする。御者はまじまじと男を見ながら確認をとった。
 平民でも見たらわかる紳士帽を脱ぐと、金糸のような髪があらわになる。生涯でも二度と会えないような上級身分の人物だと直感でうかがえる。

「問題ない。王宮の前ならどこで降ろしてくれてもいい」

「これは……どうも、うちの景気がとんでもなく上がっていきそうだ」

 先から乗っていた乗客は、軽いパニック状態になりながらも一人ぶんのすき間を空けていった。

「ありがとう」

 男の低い声質は、腹の底にまで響いていくかのようだ。長丈のスーツを身にまとった彼は運賃を手渡しつつ、車窓の方に首を傾けた。そしてこの街の何気ない姿を目におさめていく。「ようやく帰れるな」と紳士は小さく呟き、わずかに口角を上げた。

 色濃い紅玉のような瞳。笑うと子どものように、あどけない表情が見え隠れする。
 レオポルド・シオンは約6年ぶりに王都の土を踏もうとしていた。その容姿はただただ煌めくばかりであり、輝きと華やかさは人並みを外れている。強靭な肉体は男らしい無骨さを含み、均一のとれた優れた体躯をあらわしていた。

 17歳だと年齢を告げたら、いったい何人が信じるだろう。王族の力強さや雄々しさをも、若きレオポルドが体現している。
 洗練された貴人の立ち振る舞いは、彼によって完成されていた。

「そら着きましたよ。言われたようにシオン王宮前、ダンテ通りの一番地だ」

「助かった、恩に着るよ」

 ぎゅうぎゅう詰めの馬車から抜けて、レオポルドは道の端に降り立った。
 温い風が懐かしさをのせて、いっぱいの花の匂いを送ってくる。まぶしい太陽のもと、青年は大きな身体を柔軟に伸ばした。

「ついに戻ってきたぞ……」

 念願を叶えたレオポルドは拳を握りしめた。ここまでの年月を思い返してみるだけでも、感無量といった気持ちになる。

「レオポルド殿下~~~~」

「おう。ここだ、ここにいる」

 彼の到着を待ちわびていたように衛兵が続々とやって来る。挨拶の後にいっせいに膝を折りまげ、輝かしい王子の帰還を祝った。

「学校へ迎えの兵を向かわせていたと思いますが、他の者はどうされましたか?」

「荷物を積み込むのに手間取っていたからな。俺だけ先に帰ってきたのだ」

「なんと豪胆な。では先ほどの馬車は民間のものでございましたか」

 我慢できなかったんだと正直に答えると、周りの衛兵は大笑いした。学校からここまで2日はかかるものだ。それを乗り継ぎなしで王子は半日のみで、急行してきたというのだった。どれほど焦っているのかと突っ込みが入ってもおかしくはない。

「では改めてこちらへお乗りください。宮殿までは、どうぞごゆるりと」

「あぁ。ありがとう」

 レオポルドは招かれながら王族用の馬車に乗りこんでいった。光沢で磨きのかかった車体と、雄々しい馬の具合がレオポルドにこれでもかと似合っている。衛兵たちは第三王子の成長ぶりに、一人ずつ感嘆の声を漏らしていった。


 王宮までの短い道のりで、レオポルドはルイからもらった多くの手紙を読み返していた。6年の歳月が過ぎても、自身の妻であり、最高の理解者でもある、美しい彼のことを忘れたことは一瞬たりともない。

 少年時代、ルイが隣で尽くしてくれたことをレオポルドは昨日のことのように思い出せる。
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