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14しばしの別れ①

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 およそ半年後、レオポルドが王立学校への登校を始める日が近づいてきた。

 6年間の武者修行とでもいったらよいか。
 王宮をしばし離れて外へ出る。豊かな心を育むために、これほど大事な出来事は他にない。学校は全寮制で、忙しい期間には、家に帰れない月もあるという。親離れという意味でも成り立っているところが、学生たちの辛いところだ。

「ルイ。ちょっと来てくれよーー」

「おはようございます。どうされたのですか、レオ様」

 朝から廊下をこだまする少年の声。彼が元気に挨拶をしてくることは、もうルイには慣れたものだ。

「学校のよしゅうをしたい!それが終わったら、遊びに行こう!」

「昨日出された課題はもう終わっているのですか?」

「ぜんぜん!ルイ、それもおしえてくれ」

 まったく。ルイは呆れながら少年をたしなめた。昨日の数術の授業は、担当者がそうとう高齢の教師らしい。レオポルドは「ねむい」とその家庭教師の授業を放り投げたこともある。

「学校には私はいないのですよ?」

「そうだけど……ルイがおしえてくれるとわかりやすいんだ」

 ここに来て、もうすぐ1年になる。
 ルイは母国語よりも、シオン語を流暢に話せるようになってきた。ふと思い返すと、夢中になって少年の世話をしていたと思う。自分の日課よりもレオポルドの生活の面倒を見ることの方が多くなっている。

 嫁入り前は胸にぽっかり穴が空いていたようだった。でもこれが今では、心のどこを探っても見当たらない。

「褒めすぎです」

「だって本当のことだもん」

 親の目線って、こんなカンジなのだろうか。親というほど長くいるわけではないのだけど。ぼんやりとルイはそんなくだらないことを考えたりする。彼は不思議と、この生活に充実感を見出せていた。

 ルイとレオポルドは勉強を終えたあと、外庭で球戯を楽しんだ。ルイは名目上は妃なので、人目につかないことが強く求められている立場にある。これは男でも女でも同様。妻が夫以外に袖を振るなど許されないという慣習のとおりである。
 だからうろうろと外を出歩くのは人聞きが悪いこと。のはずであった。しかしこの夫妻の場合、事情がまったく異なっていた。


 幼い第三王子の妻である「エスペランサの姫君」。彼は透明感のある美貌に加え、10歳の夫を立てる器量よしだと巷では好評だった。
 当たらずも遠からず。確かにルイはレオポルドの世話をほとんど付きっきりでしている。王子の母は育児にまったくといってよいほど関与してこない。王様も同じで野放しの有様だった。

 小さな王子と妃が手をつないで寄り添う光景は、人々の気持ちを温める。王宮の厳格な雰囲気はどこにもない。彼らの世界は清い平和そのものを具現化していた。



「レオ様。もう寝る時間ですよ」

「うん……でもなぁ。まだねむくないよ」

 決闘大会から、レオポルドはルイの部屋で寝るようになっていた。少年の自室は、学校に持っていくための荷物がぎゅうぎゅうに積まれていた。

 ルイは床に寝転がる少年を目に入れながら、実家宛てに手紙を記していた。ほのかな光源を頼りにペンを走らせる。シオン王国の状況や王宮内の動きを書き漏らすことなくまとめる。
 
「明日には宮を出払うのですから。しっかり寝て、英気を養っておいてください」

「学校……やっぱり行きたくない」

「なにを弱気になっているんですか。レオ様らしくありませんね」

「ルイと離れたくないよ」

 帰省すればいつでも会える。何度もそのように言って聞かせていたのに、直前でぽろぽろとレオポルドは涙をこぼした。ベッドのシーツを握りしめて彼は声かどうかもわからない呻きを漏らす。

「ずっとここにいたい」

「すぐに学校が楽しくなります。兄君たちがそうであるように」

 ルイは学校に通ったことがないが、愉快で楽しいところなのだとなんとなく想像していた。たくさんの仲間と切磋琢磨できる環境、とても素晴らしい思い出ができそうだ。

「さぁもう寝ましょう。侍女たちももうお暇するようです」

「じゃあいっしょにねようよ」

 手を引かれ、ねだられたルイは作業を中断してベッドに近寄った。

「わかりましたから、もう泣くのはよしてくださいね?」

「ずっ。う、うん」

 丸い頭を撫でて、流れる鼻水を手巾で拭きとってやる。レオポルドはルイの懐にもぐると、ぎゅっと顔を押し付けてくる。笑ったり泣いたり、寂しがったり甘えたり。子どもって忙しないなとルイは感じながら、目を閉じた。

「いいにおい……」

「しゃべるならあっちに行きますよ?レオ様」

 結局、寝息が聞こえてくるまでルイは床を離れることはなかった。
 消えかけのロウソクの火を構うことも忘れ、眼前の子どものだらしない寝顔を眺めていた。
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