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13シオンの星
しおりを挟む負傷済みのレオポルドは、しょんぼりしながらルイの自室を訪ねてきた。
「ごめんなさい」
少年の第一声はそれだった。意味が分からなくてルイはもちろん、侍女たちもおろおろと困惑した。
彼はルイの胸元に手ごろの布切れを押しつけてくる。薄っぺらな布の断片は、握られたところがシワに変形していた。
「な、なんです?」
ぐいぐいと渡してくる怪しげな品。婚礼では朽ちた花をもらったが、あの時のような気分を確かにルイは味わった。少年が手を離したところで現物を目にする。そこで妻のほうは先んじて予想がついてしまった。
「シオンの星……」
ぼそりとルイは口に出していた。これはいけないと思い、侍女たちを部屋から出払わせる。
胸におさまった布切れ、六芒星の刺繍が綺麗にほどこされていた。王宮にいれば嫌になるほど目にするこの図形。精巧なそれは「シオンの星」という王族の紋章であった。
「あげるのわすれてた。これ……」
レオポルドは泣きそうになりながら、そう言った。紋章をかたどった布一枚。それが少年にとってどれほど大事なものであるかは、ルイには理解が及ばなかった。
「これを、私にですか?」
「だって。たたかう時は紋章をわたすんだよ」
レオポルドは鼻をすすりながら言った。「シオンの星」は王国の栄光の証であり、易々と人に受け渡しすることは禁止されている。なぜなら紋章の影響力があまりに強すぎて、それを見ただけで貴族や民衆がひれ伏してしまうからだ。
(どこから持ってきたんだ)
王子たちはこんな恐ろしいものを各自が持ち歩いているのか。ルイは考えただけでぞっとした。いちおう彼も妃の位だが、紋章付きの品はマントと手袋があるだけだ。
「どうしてそれほどまでに」
「ルイにお願いごと……したかったんだよ」
ぼろぼろと涙をこぼしながらレオポルドは告げてくる。侍女のララが言っていたことそのまま。あぁ、とルイは少年の内心を見破ることができた。
レオポルドはルイの懐中に勢いよく飛び込んだ。泣き声はいっさい隠さないで、子どもらしく感情が降りきれている。
「かてなかっだーーーー!!」
「お疲れ様です。カッコよかったですよ」
さらさらの髪を撫でて、よしよしと慰める。10歳の子をあやしたことは無いのだが、これでよいのか。ルイは模索しながら少年の背中に手を寄せた。
「ぐすっ、ごめん。ルイ」
「なぜ謝るのです。あんなに勇ましい戦いぶりでしたのに」
「俺のつよいところを見せたかった……」
「じゅうぶん見せつけていただきましたよ?」
レオポルドの試合は見ごたえがあるものだった。彼の大人さながらの戦闘スタイルは、鍛錬のたまものであろう。体格にもかかわらず、敵を見定めてしっかりと勝負になっていた。よくあそこまで上達させたと褒める方が妥当な流れだろう。
「失ぼうしたか?」
「私はレオポルド様の戦い方がいちばん素敵だと感じました」
「ほんとか」
目の色を少し取り戻したレオポルドは、ルイの膝に座ったまま喜んだ。相変わらずの切り替えの早さ。負けたことは残念だったが、でもこの経験が彼のもとで次に活かされる。彼の姿を見て、ルイはきっとそうなると予感した。
「ルイ。俺はもっとつよくなりたい。剣をもっともっとまなぶぞ」
「ふふっ、そうですか。では私もレオポルド様をたくさん応援しなくてはですね」
甘えたように少年は、もう一度ルイの胸に飛び込んだ。自分の涙で湿ったところに顔を擦りつけてくる。
「ねぇルイ」
「なんですか?レオポルド様」
「戦いにはまけちゃったけど、やっぱお願いごと。一個でいいから聞いてほしいんだ」
何個も頼むつもりで用意していたのかと、ルイは胸のなかの少年を小突いた。でも頑張ったご褒美だと見なせば、まぁ悪くない。お菓子や勉強を教えることくらいお安い御用だ。
「いいですよ。私にできる範囲であるなら」
「ほんとか?いいのか?」
はいはいとルイは甘受する態度を示した。赤子に言って聞かせるみたいな調子で、ルイはおかしかった。夜がどっぷり更けるとき、外の熱狂がピークに達して間もないころのことだ。
「じゃあ俺のこと、これからはレオってよんで」
そんなことでいいのかとルイは最初は思った。子どもらしく物をねだってくるものかと思っていたからだ。
「そう、でございますね」
「お願いだからね」
「レオ……レオ様」
小さくても、そう連呼された彼はルイの胸に強くしがみついた。
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