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02失意の旅路

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 父王と母が別れの言葉を用意していなかったことを、ルイは少しだけ恨めしく思った。「また会えるから」と涙を堪えている両親に、ただ彼は頷くだけ。泣きたいのはこっちの方だと彼は最後に言ってやりたかった。
 
故郷との別れは淡々としていた。谷をのぼっても、見慣れた景色が遠くなっても、国境を超えても、ルイは強い感慨を抱かなかった。

「大変だったな……」

 ぽつんと出たのはそんなありきたりな言葉だった。虚しさで胸がいっぱいになる。なんだか疲労がどっとあふれてきて、萎えた気持ちが馬車全体にまで覆い広がっていく。

 この数カ月、自分は男なのか女なのかも判然としなかった。妻としての礼節、振る舞いだなんて考えたこともないことを押しつけられた。男の身で淑やかさ、やさしさ、純粋無垢な心。これらを徹底することを求められた。名前も知らない夫に対して、気遣いもへったくれもないではないか。ルイは反発する心を押し込めながら、夫という存在を身に沁みるまで叩き込んだ。

「はぁ」

 そんな自分の汗と苦痛にまみれた努力は、はたして本当に輿入れ先で役に立つのだろうか。不安に襲われながら、ルイはぼんやりと馬車のなかで眠りに耽った。朝と夜が繰り返されて、あっという間に時間だけが過ぎていく。


 シオン王国の都にたどり着いたのは8日目のことであった。座りっぱなしで、食べて寝るの連続だった。ルイを含め、馬車に乗っていた侍女たちも長旅はもううんざりのようである。

「ようこそお越しくださいました、ルイ様。さっそくですがこちらにて婚礼の身支度をよろしくお願いします」

 外の空気を吸えたのはわずかだった。
 夕焼けで空が赤みがかったころ、城塞のような荘厳な王宮にルイたちは案内される。あらゆる役人の手引きによって、知らない渡り廊下の移動を繰り返した。

「こ……婚礼?今からですか?」

「もちろんです。もうじきレオポルド殿下もご到着されます。入念に手配はさせていただきましたから不備はございませんよ」

 シオンの役人は笑みを浮かべながらそう言った。馬車から降りたばかりの人間に、それは酷だろうとため息が漏れそうになる。


「きっと、きっとすべてが上手くいきますわ。それに相手の方はルイ様にふさわしい素敵な殿方に違いありません」

 侍女たちの不要な励ましを受けながら、予定にあった服飾を身につけて準備する。重たい伝統衣装を最後に羽織り、ルイはその時を待った。
 猶予のなかで今まで予習してきた言葉遣いや、式の段取りを細かく思い出したりしていた。
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