かわいい王子の残像

芽吹鹿

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 私が手塩にかけて育てた教え子が、光輝なる王冠を頭に被せた。その時の高揚感を、私はどのように表現したら良いかわかりません。

 国の大司教様が預言者の言葉を唱えます。廷臣たちの涙、王太后は温かい面立ちを浮かべています。女官長は老け込みながらも、杖をついて参列しています。私も、王国の未来に憂いのない気持ちでこの時を迎えられたことを嬉しく思います。



 民衆の喜びの声を聞くと、実感します。ニコライ陛下は王になられたのだと。紆余曲折はあったとしても、こうして教え子の晴れ姿を見ることが叶った。私は嬉しい気持ちで満たされて、しかし同時に寂しさも感じていました。

金輪際、殿下とは呼べなくなる。もはや私は王宮では不要扱いとなり、近いうちにここを出ていくでしょう。



 私の10年間が、目の前で実を結んだというのに、思いのほか冷静でいられています。なにかを成し遂げた後の夢から醒めたような感覚と似ていました。案外、人の幕引きというのもこんな風に呆気ないのかもしれません。



 戴冠式を終えてから、続けて催された晩餐会にも一応出席しました。まだ教え子にどんな言葉を送ろうか決めかねているところでしたが、とりあえず相手と顔を合わせようと意を固めます。



 王となった教え子は玉座に座ったまま、主要な役人や外国の大使と話をしています。私が迂闊に近寄れる雰囲気ではありませんでした。



「これまでご苦労でしたね。マキュベリー男爵」

「これは太后殿下、今日の式典を迎えられたこと、心よりお慶び申し上げます」

「ええ。それもこれもあなたが立派に務めを果たしてくれたおかげですよ。王族を代表して、かくも誇り高い男を育て上げてくれて、どうもありがとう」



 王太后の言葉に少しだけ涙が出かかって、談笑の後に会場の外に抜け出しました。

長居して、冷たい風で頭を冷やします。私が式の流れを一から順に思い浮かべている最中、背後から人の気配が寄っていることに気がつきました。



「アリア」

「あ……陛下!」



 振り返ると、求めていた人の顔が間近にありました。私はすぐさま跪こうと腰を下ろしますが、それは阻止されます。



「いいから。このままで」

「しかし」

「そんな仲じゃないだろう。いつものように話をしよう」



 白一色の装束に包まれたニコライ陛下は、後光がさすほどに美しかったです。私の容姿とセーラーカラーの正装服でそれに太刀打ちできるはずがありません。



「アリア、俺はずっと王になる意志も覚悟もなかった。父が病床に臥している時だってそうだった」

「よく存じています、陛下に聞かされましたから。でも弱音はもう卒業したんじゃないんですか?」

「……聞いてくれ。俺はアリア先生にいつも弱音も愚痴も吐いてきた。たぶんこれからも、その役目をたまにはお願いすることになると思う」

「弱音と愚痴を受け止める役目?」



人聞きの悪い、と私と陛下はそろって苦笑いを浮かべました。



「いや、うん。まぁそういうこと」

「まだ意図が掴めません、陛下」



 こちらが話しかけてきた目的を急かすと、相手は「わかってる。そうだな」とまたうわ言のように呟くのです。

 服の羽織物がはらはらと風に揺れるのを横目で見てから、ニコラス陛下の正面に向き直ります。



「つまり私は、宮中に残ってもよい、ということですか?」

「俺と結婚してほしい」

「は………?」



 沈黙に耐えられずに、次は私が「えっ、へ?へいか?」と声を散らす番になりました。



「頼む。アリア」

「あ、え……いきなり言われましても」

「もう隠す理由もない。俺の心の内を全部知ってほしい」



 私の目が泳ぐ。そりゃそうです。異性でなく同性の、しかも10年間傍らで切磋琢磨してきた教え子が相手なのです。私は頭の思考を放り捨てる寸前までいき、ギリギリ意識を保っていました。



「いつから、ですか?」

「ずっと……お前と会った時からこの気持ちは変わっていない」

「にわかには信じがたいのですが」

 

 ぐっと勢いよく引き寄せられて、また以前のように抱きしめられる。



「俺の愛を疑うのか?」



 だけに留まりません。ニコラス陛下は私の唇を強引に抑え、そのまま口ごと重ねてきます。



「ふ……!?んっ!!!」

「ちゅ……ありあ……、俺の先生」

「だめ。まって……ぅふ……」

「アリアの艶のある黒髪も…………、白磁のように輝く肌も……銀氷みたいな淡い瞳も」



 饒舌に喋りながらもキスは止みません。陛下の理性は完全に壊れている。もう常識が通じないと、私の直感がそう告げています。



「微かにしゃがれた声も……俺のために本を読んでくれるのも、いい匂いがするのも……全部好きなんだよ」

「うっ……ちゅ、にこ……らい」

「昔みたくニコって呼んでくれ」



 抵抗してもビクともしない。体格差は歴然ですし、もとより力で勝てるとは思えません。これほど強引なニコライを見るのは、反抗期以来でしょうか。

 会場の外でなかったら、陛下と私のもつれ合いが観衆を驚かせていたことでしょう。暗く人通りも少ない場所で紙一重で何とかなっています。



「先生は俺のことをどう思っているんだ?」

「あ……ニコライ……」



 どう答えても、この場が悪化する気しかしません。念を押すようにニコライが、「好きなんだよ」と耳元でささやいてきます。怒りたくてもそれをする方法がありません。



「私は……」

「ずっと傍にいてほしい」



 背骨ごと相手に抱かれているみたいに、痛みを伴うほどこちらにのしかかってきます。口の中も、ニコライの唾液ばかりで上手く呼吸ができないし。自分がどちらに向かって首を振っているのか、だんだん頭が馬鹿になってきているのを感じます。



「ニコライ!?こんなの、だめです……」

「俺を受け入れてはくれないのか?」

「ぐ……うぅ」

「10年も慕ってきたのに、1回でも許してくれないのか?」

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