カラダの恋人

フジキフジコ

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【番外編】好きにならずにいられない

1.平凡な山田充

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三学期がはじまってすでに2週間も過ぎたというのに、正月気分が抜けないのは生徒だけじゃないようで、昼下がりの職員室では、先生方が眠そうにぼんやりしている。
そういう僕も、6時間目の授業の準備をしながら、何度目かの欠伸を噛み殺した。

「お疲れさまです」
まさにこらえ切れずに欠伸をひとつしてしまったとき、背後から声をかけられた。
ドキドキしながら振り返ると、5時間目の授業を終えて席に戻ってきた紺野先生だった。

「お、お、おつかれさまです」
紺野先生と話すとき、僕は必ずと言っていいほど、緊張してどもってしまう。
気をつけているのに、また、やってしまった。

紺野先生は僕の無様な返事のことなど全然気にしてない様子で、ニコッと笑って、教科書と出席簿を机の上のブックスタンドの隙間に立てかけ、資料の本を机の端に置いた。
その拍子に、置いた本の隙間に挟まっていたのか、ピンク色の封筒がヒラヒラと床に落ちた。

「あ…」
と僕が声に出したせいで、振り向いた紺野先生がそれに気づいて、床に落ちた封筒を拾う。

「ラ、ラブレター、ですか。せ、生徒から」
そんなことを聞くのは失礼だろうかとも思ったけど、見ておいて何も言わないのも不自然だと思い、聞いてみた。

「あいつら、教師をからかって面白がってるんですよ」
ぼやくようにそう言うと紺野先生は机の2段目の引き出しを開けて、封を開けないまま封筒をそこに入れた。
けれどその引き出しには色とりどりの封筒がすでにはみ出すくらい入っていて、紺野先生が閉めようとしても閉まらない。

「やっべー、奥、つかえたのかな」
先生は一人ごとを言いながら、ガチャガチャと閉まらない引き出しを無理矢理押す。
けれど引き出しはまるで女の子の無言の抵抗のように、いうことを利かない。
諦めた紺野先生は、上の方の封筒を、3段目の引き出しに移しだした。

「あ、山田先生って、今夜の飲み会、参加します?」
作業をしながら、紺野先生にそう聞かれて、焦ってしまう。
「は、は、はい。参加しましゅ」
今度はどもった上に噛んでしまった。
けど、紺野先生は笑うことも茶化すこともなく「そうですか、良かった」と言って、微笑んだ。

良かったって、良かったって、どういう意味だろう。
あんまり動揺して言葉を失ってしまった僕に呆れたのか、紺野先生は聞かずとも意味を教えてくれた。
「ほら、今日の新年会って1学年担当だけだから、そうすると、若い男の先生って、オレと山田先生だけでしょ。だから、ね」
だから、ね。
と爽やかに言われても、だから何なのかわからない。
でも紺野先生に「良かった」と言ってもらえたことが嬉しくて、さっきまでは憂鬱だった今夜の飲み会が、急に楽しみになってしまった。

「あ、山田先生、もう6時間目はじまってますよ?行かなくていいんですか」
嬉しさのあまりトリップしかけてしまった僕に、紺野先生が優しく言ってくれた。



***



女子高の新米教師の僕の名前は山田充やまだみつるという。
平凡な名前と同じで、平凡な男だと思う。
けど、そう思っているのは僕だけみたいで、他人は僕の容姿や格好について、いろんな意見を言ってくる。
ダサいとか、格好ワルイ、とかオタクっぽいとか。
生徒にはキモい、とも言われる。
だけど僕は他人の言葉に傷ついたりはしない。
慣れてしまった、というのもあるけど、僕自身が他人に興味がないせいで、他人が自分をどう思っていても関係ないのだ。
だいたい、僕だって自分のことなんかこれっぽっちも好きじゃない。
だから、人が僕を疎ましく思う気持ちは理解出来る。

紺野先生は、僕の同僚で、僕たちはこの学校では唯一の同期だ。
というのも、この春この学校に来た新しい教師のうち、大学を卒業したばかりの新任の教師は、僕と、紺野先生の2人しかいなかった。

新学期の始業式、壇上で校長先生から紺野先生と並んで紹介されたとき、生徒たちの席からクスクス笑う声が聞こえてきた。
178センチの紺野先生と154センチの僕では、並んだだけで分かり易い差があったけど、僕が紺野先生より劣っているのはなにも身長だけではない。
チビでガリガリで眼鏡で、「もさもさ」「カリフラワーみたい」と表現される髪形の僕なんかとは比べるのも悪いと思うくらい、紺野先生はカッコいい。
俳優かタレントだと言われても不思議ではない派手で甘いマスク。
それでいて眼差しは男らしく凛々しくて、体形さえも、男なのにメリハリがあって色っぽい。
とにかく立っているだけで絵になる、「イケメン」と言うのは、こういう人のことを言うんだと思うような人だった。

紺野先生と比べられて笑われていることなんかどうでもいいくらい、僕自身が、横にいる紺野先生にずっと見惚れていた。
こんなカッコいい人に会ったのはハジメテだ。
僕は猛烈に感激し、そして不思議な感動を味わっていた。


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