70 / 91
ヒミツの恋人【第一部】
18.脅迫
しおりを挟む
訪ねて来たのは私服姿の滝沢だった。
「滝沢か。どうかしたか?先生ちょっと今、取り込み中なんだけど…」
「先生にお話があります。見てもらいたいものも」
うちの玄関はダイニング丸見えだから、ダイニングテーブルに紺野と松浦がいるのは見えるはずなのに、滝沢は二人のことを気にもとめない。
「お邪魔させてもらってもいいですか?」
「いい、けど…」
失礼します、と礼儀正しく挨拶をして、滝沢は靴を脱いで上がってきた。
「紺野さん、こんにちは」
「今日はなんの用だ」
大人気ない紺野が、不機嫌な声で聞く。
「これを、佐倉先生と紺野さんに見てもらいたいと思いまして」
そう言いながら滝沢がにこやかに茶封筒から出したのは、オレと紺野が抱きあっている写真だった。
「なっ、なんだ、これ?!」
しかもその構図は記憶に新しい、ついさっきの出来事、ヤリ部屋で紺野に抱きついたときのものだった。
つまり、オレときたら上半身裸で、思い切り紺野に抱きついている。
「おまえ、なんで?!どうやってこれ、手に入れたんだよ?!」
「『BOB』の二人と、ちょっとした知り合いなんです。まあ、いいじゃないですか、そんなことは。それよりも、交渉しましょう、先生。先日、お願いした件、覚えてますか」
「なんだっけ」
とぼけたわけではなく、写真に動揺するあまり、滝沢の言いたいことがわからなかった。
滝沢は綺麗な顔を、ほんの少し不愉快そうに歪めて、「高井のことです」と言った。
「高井?ああ、内申を交換って、アレ?おまえ、まだそんなこと考えてたのか。高井は進学はしねえって言ってたぞ」
「そんなの本心じゃないです。先生にそんなこと言っても仕方ないので、とにかく、先生は高井に指定校推薦出来るってことを、言ってください」
「だから、そんなこと出来ねえって。おまえねえ、不正で進学するってどういうことかわかってるのか?その後の人生でずっとそのことの負い目を背負ってくことになるんだぞ」
いい加減頭に来て、オレは少々キツイ言葉で言った。
けれど滝沢は全然めげない。
「いいんですか?先生が僕の言う通りにしてくれないのなら、この写真を教育委員会に送ります。先生も、紺野さんも、教師やめないといけなくなりますよ」
最近の子供はへんに知恵がついていて、まったく、可愛くない。
しかも痛いところを的確についてくる。
とほほ、だ。
「よく撮れてはいるんだけどな」
紺野が写真を片手に持ちながら、言った。
「これってデジカメで撮ったろ。ダメだなあ。デジカメで撮った写真って言うのは法廷では証拠として使えないんだぜ」
そうなのか、知らなかった。
オレがほっとしていると、負けてない滝沢が紺野に向かって言った。
「別に裁判所に訴えると言ってるわけではありません。頭の堅い教育委員会の偉い人たちに見せるだけですよ。その写真見て、その二人が教師として相応しいかどうか、判断してもらうというだけのことです」
「偉い人に呼びつけられたら、言ってやるよ。よく見てください、コレ、合成ですよって。首から上、変えてるんですって。オジサンたちに本物と合成の区別がつくかなあ」
若干、紺野の方が優勢になったようだ。
滝沢の表情から微笑が消えて、無表情になる。
美少年のそういう顔はなかなか見ごたえがある。
「紺野さんって」
滝沢が、紺野を見ながら言った。
唇だけが、笑っている。
「そういう嘘、つけないでしょう。佐倉先生のこと、問い詰められて恋人じゃない、関係ないって、言えますか」
睨み合う、滝沢と紺野。
容貌だけは文句のつけようがない二人が対峙する様は怖いくらい絵になっていて、漲る緊張感に、部屋の温度が1、2度下がったような気がする。
オレと松浦はすっかり場外の人だ。
「滝沢」
紺野が冷ややかにオレの生徒を呼び捨てで呼ぶ。
結構、怒っているようだ。
「やっぱり、おまえ、洞察力は鋭いなあ。確かにオレは正直者だから、自分や他人に嘘をつくのは嫌いだ。とくに、好きなものを嫌いだなんて言うのは反吐が出るほど耐え難い。オレはトモを好きなこと、誰に対しても後ろめたいなんて思ってねえし、間違ったことだとも1ミリも思ってないしな」
オレは呆れた。
なにも生徒に向かってそんなことを宣言する必要はないと思う。
だけど。
ほんの少し、胸がすくような快感を感じた。
誰に対しても後ろめたいなんて思ってない。
間違ったことだとも、思ってない。
紺野のその言葉に、数日間わだかまっていたことから解放されたような気がして。
オレは自分自身の気持ちを探しながら、本当は、紺野の気持ちを探っていたのかもしれない。
紺野の言葉に、滝沢は勝ち誇ったような得意そうな表情をした。
でも滝沢、喜ぶのは早いと思うぞ。
負けず嫌いの紺野はたとえ口喧嘩だって勝算のない喧嘩は吹っかけない。
「だけどなあ、物事には優先順位ってモンがあるんだよ。わかる?大切なもの、傷つけたくないものを守るためなら、大抵のことは出来る。どんな卑怯なことでも、ポリシーに反することでも、だ。嘘をつくくらい、なんでもねーよ。残念だったな、バーカ」
教師にあるまじきレベルの低い暴言を吐いて、紺野は手に持っていた写真を破いた。
「どーせなら、部屋に飾れるようなもっといい写真持って来いよ」
アホ抜けせ!誰が飾るか、んなモン!
「滝沢か。どうかしたか?先生ちょっと今、取り込み中なんだけど…」
「先生にお話があります。見てもらいたいものも」
うちの玄関はダイニング丸見えだから、ダイニングテーブルに紺野と松浦がいるのは見えるはずなのに、滝沢は二人のことを気にもとめない。
「お邪魔させてもらってもいいですか?」
「いい、けど…」
失礼します、と礼儀正しく挨拶をして、滝沢は靴を脱いで上がってきた。
「紺野さん、こんにちは」
「今日はなんの用だ」
大人気ない紺野が、不機嫌な声で聞く。
「これを、佐倉先生と紺野さんに見てもらいたいと思いまして」
そう言いながら滝沢がにこやかに茶封筒から出したのは、オレと紺野が抱きあっている写真だった。
「なっ、なんだ、これ?!」
しかもその構図は記憶に新しい、ついさっきの出来事、ヤリ部屋で紺野に抱きついたときのものだった。
つまり、オレときたら上半身裸で、思い切り紺野に抱きついている。
「おまえ、なんで?!どうやってこれ、手に入れたんだよ?!」
「『BOB』の二人と、ちょっとした知り合いなんです。まあ、いいじゃないですか、そんなことは。それよりも、交渉しましょう、先生。先日、お願いした件、覚えてますか」
「なんだっけ」
とぼけたわけではなく、写真に動揺するあまり、滝沢の言いたいことがわからなかった。
滝沢は綺麗な顔を、ほんの少し不愉快そうに歪めて、「高井のことです」と言った。
「高井?ああ、内申を交換って、アレ?おまえ、まだそんなこと考えてたのか。高井は進学はしねえって言ってたぞ」
「そんなの本心じゃないです。先生にそんなこと言っても仕方ないので、とにかく、先生は高井に指定校推薦出来るってことを、言ってください」
「だから、そんなこと出来ねえって。おまえねえ、不正で進学するってどういうことかわかってるのか?その後の人生でずっとそのことの負い目を背負ってくことになるんだぞ」
いい加減頭に来て、オレは少々キツイ言葉で言った。
けれど滝沢は全然めげない。
「いいんですか?先生が僕の言う通りにしてくれないのなら、この写真を教育委員会に送ります。先生も、紺野さんも、教師やめないといけなくなりますよ」
最近の子供はへんに知恵がついていて、まったく、可愛くない。
しかも痛いところを的確についてくる。
とほほ、だ。
「よく撮れてはいるんだけどな」
紺野が写真を片手に持ちながら、言った。
「これってデジカメで撮ったろ。ダメだなあ。デジカメで撮った写真って言うのは法廷では証拠として使えないんだぜ」
そうなのか、知らなかった。
オレがほっとしていると、負けてない滝沢が紺野に向かって言った。
「別に裁判所に訴えると言ってるわけではありません。頭の堅い教育委員会の偉い人たちに見せるだけですよ。その写真見て、その二人が教師として相応しいかどうか、判断してもらうというだけのことです」
「偉い人に呼びつけられたら、言ってやるよ。よく見てください、コレ、合成ですよって。首から上、変えてるんですって。オジサンたちに本物と合成の区別がつくかなあ」
若干、紺野の方が優勢になったようだ。
滝沢の表情から微笑が消えて、無表情になる。
美少年のそういう顔はなかなか見ごたえがある。
「紺野さんって」
滝沢が、紺野を見ながら言った。
唇だけが、笑っている。
「そういう嘘、つけないでしょう。佐倉先生のこと、問い詰められて恋人じゃない、関係ないって、言えますか」
睨み合う、滝沢と紺野。
容貌だけは文句のつけようがない二人が対峙する様は怖いくらい絵になっていて、漲る緊張感に、部屋の温度が1、2度下がったような気がする。
オレと松浦はすっかり場外の人だ。
「滝沢」
紺野が冷ややかにオレの生徒を呼び捨てで呼ぶ。
結構、怒っているようだ。
「やっぱり、おまえ、洞察力は鋭いなあ。確かにオレは正直者だから、自分や他人に嘘をつくのは嫌いだ。とくに、好きなものを嫌いだなんて言うのは反吐が出るほど耐え難い。オレはトモを好きなこと、誰に対しても後ろめたいなんて思ってねえし、間違ったことだとも1ミリも思ってないしな」
オレは呆れた。
なにも生徒に向かってそんなことを宣言する必要はないと思う。
だけど。
ほんの少し、胸がすくような快感を感じた。
誰に対しても後ろめたいなんて思ってない。
間違ったことだとも、思ってない。
紺野のその言葉に、数日間わだかまっていたことから解放されたような気がして。
オレは自分自身の気持ちを探しながら、本当は、紺野の気持ちを探っていたのかもしれない。
紺野の言葉に、滝沢は勝ち誇ったような得意そうな表情をした。
でも滝沢、喜ぶのは早いと思うぞ。
負けず嫌いの紺野はたとえ口喧嘩だって勝算のない喧嘩は吹っかけない。
「だけどなあ、物事には優先順位ってモンがあるんだよ。わかる?大切なもの、傷つけたくないものを守るためなら、大抵のことは出来る。どんな卑怯なことでも、ポリシーに反することでも、だ。嘘をつくくらい、なんでもねーよ。残念だったな、バーカ」
教師にあるまじきレベルの低い暴言を吐いて、紺野は手に持っていた写真を破いた。
「どーせなら、部屋に飾れるようなもっといい写真持って来いよ」
アホ抜けせ!誰が飾るか、んなモン!
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる