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【番外編】卒業旅行
1.ドライブ
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車の中にはノリのいい洋楽が流れ、半分開けた窓からは早春の爽やかな風が入りこんで頬を掠める。
高速を快調に飛ばす車の中でスピード感に興奮したのか、ナビシートの恋人がはしゃいだ声をあげながら、ふざけてキスをねだってくる。
「やめろよ、危ないだろ。だめだったら、トモ。オレ、今、運転中なんだって。危ないって、トモ」
「わあああああ!危ないのは君だよ!起きてよ!紺野君!!!!」
耳元で大きな声を出されてオレは驚いて飛び上がった。
「いくら渋滞してるからってさあ、運転しながら寝言言わないでよ~。こええ、超、こええ!」
後部座席から身を乗り出した加藤が、まだ文句を言っている。
「…寝てねえよ」
ちょっとトリップしてただけだつーの。
この寒い現実を一瞬忘れるために妄想に耽っていただけじゃねえか。
「嘘だよ、寝てたよ!ねえ、シノ」
加藤は後ろを振り返って、四ノ宮に同意を求める。
その騒々しさにウンザリして、オレは深いため息を吐いた。
大学を卒業した記念の旅行。
世間で言う、いわゆる『卒業旅行』というやつだ。
オレは一年前からカンボジアに行こうと決めてアルバイトで資金を溜めていたんだけど、いざ、手配をする段になって、考えた。
せっかくの、一生に一度の卒業旅行だ。
どうせなら、恋人と一緒に行きたい、って。
けれどオレの恋人は飛行機が苦手で、カンボジアなんて絶対に行かないと言い張った。
オレは折れて、国内旅行で手を打つことにした。
しかし国内は春の観光シーズンにぶつかり、目ぼしいところはすべて予約済。
やっとなんとか取れたのは熱海だった。
熟年夫婦のフルムーン旅行じゃあるまいし、熱海はあんまりだと思ったが、トモには好評だった。
近くて楽に行けるし、温泉入れて旨いものが食えればどこでもいい、なんていう。
トモがいいって言うならオレにだって文句はない。
オレは姉貴を拝み倒して新車のランドクルーザーを借りた。
二人だけの卒業旅行をランクルで東名ぶっとばして行くのもまあ悪くないかな、と思った。
春先の伊豆半島の海岸沿いをドライブしたり、まだ海に入るにはちょっと早いけど砂浜を二人で走ったり、夜は露天風呂につかり、隠れ宿みたいな和室の部屋で、浴衣を乱して身体を弄り合う。
日常ではあり得ないシチュエイションに、淡白なトモも燃えるんじゃないか。
そんなビジョンを思い描いた。
ところが。
「それにしても、よく降るねえ。台風みたい」
後ろの席で四ノ宮が言った通り、天候はサイアク。
春の嵐とはこういう日のことを言うんだろう。
「さっきから全然進んでないよね。まだ神奈川出てないんじゃないの?」
加藤の言う通り、東名は悪天候の渋滞に事故渋滞まで参加してまったく進まない。
オレのイライラは募るばかりだ。
最低最悪の条件の中、一番腹が立つのが後ろの二人だ。
「シノ、おにぎり食べる?今朝、おふくろに作ってもらったんだ」
「え、いいよ。まだお腹空いてないから」
「そう?じゃあ、おやつのバナナどう?」
オレのハンドルを握る手に力がこもる。
「おまえら、煩せえぞ。静かにしろ、バカ。トモが起きちゃうじゃねーか。だいたいなあ、なんでおまえらがついてくんだよ。おまえらの卒業、2年も先だろーがっ。ええ!」
二人きりの旅行のはずが、どういう成り行きか、後輩の加藤と四ノ宮のおまけつきだ。
「たまたま行き先が同じだから乗せてもらってるだけじゃん。それにさあ、旅館取れたの、シノのおかげでしょ」
確かに、どこもかしこも満室だと断られて困っていたとき、たまたま会った四ノ宮に相談したら、四ノ宮が親戚の代理店で聞いてみる、と言ってくれて手配してもらえた。
それはありがたい。
だけど、だからって、自分たちまで同じ日に同じ旅館を予約するこたねえだろ。
行き帰りの旅費浮かせようって魂胆がミエミエだつーの。
だけど邪魔者の二人よりもっとオレの心を沈ませているのが…。
ナビシートですやすやと深い眠りに落ちている恋人だった。
トモは卒業と同時に、新任教師として赴任することになっている私立の男子校に研修に通っていた。
その学校では毎年、入学式が終わると行事なんかであわただしいからと、新学期がはじまる前に新任教師の歓迎会をすませるそうで、その恒例の歓迎会が昨夜だった。
帰って来たのが明け方だったせいで、車に乗ってからというもの、ずーと眠りこけている。
トモのために借りたランクルだったのに、運転するオレを見てもくれないなんて。
なんか、すっげえ、虚しい。
「それにしても紺野君、この車、カッコいいね。なんていうのこれ」
「あ?これか?おまえランドクルーザーも知らねえの」
「超カッコいいよ!さっすが紺野君。でもさ、オレ、紺野君が免許持ってるって全然知らなかった」
「そりゃあ、そうだろ。2日前に交付されたばっかだかんな」
オレが言うと、後部座席の二人が静まりかえった。
「なんだよ」
「ってことは、まさか、これがはじめてのドライブ……?」
「だよ?おっ、やっと渋滞抜けたぜ。さあ、ぶっとばすぞ」
次の瞬間、車の中には加藤と四ノ宮の悲鳴が轟いた。
高速を快調に飛ばす車の中でスピード感に興奮したのか、ナビシートの恋人がはしゃいだ声をあげながら、ふざけてキスをねだってくる。
「やめろよ、危ないだろ。だめだったら、トモ。オレ、今、運転中なんだって。危ないって、トモ」
「わあああああ!危ないのは君だよ!起きてよ!紺野君!!!!」
耳元で大きな声を出されてオレは驚いて飛び上がった。
「いくら渋滞してるからってさあ、運転しながら寝言言わないでよ~。こええ、超、こええ!」
後部座席から身を乗り出した加藤が、まだ文句を言っている。
「…寝てねえよ」
ちょっとトリップしてただけだつーの。
この寒い現実を一瞬忘れるために妄想に耽っていただけじゃねえか。
「嘘だよ、寝てたよ!ねえ、シノ」
加藤は後ろを振り返って、四ノ宮に同意を求める。
その騒々しさにウンザリして、オレは深いため息を吐いた。
大学を卒業した記念の旅行。
世間で言う、いわゆる『卒業旅行』というやつだ。
オレは一年前からカンボジアに行こうと決めてアルバイトで資金を溜めていたんだけど、いざ、手配をする段になって、考えた。
せっかくの、一生に一度の卒業旅行だ。
どうせなら、恋人と一緒に行きたい、って。
けれどオレの恋人は飛行機が苦手で、カンボジアなんて絶対に行かないと言い張った。
オレは折れて、国内旅行で手を打つことにした。
しかし国内は春の観光シーズンにぶつかり、目ぼしいところはすべて予約済。
やっとなんとか取れたのは熱海だった。
熟年夫婦のフルムーン旅行じゃあるまいし、熱海はあんまりだと思ったが、トモには好評だった。
近くて楽に行けるし、温泉入れて旨いものが食えればどこでもいい、なんていう。
トモがいいって言うならオレにだって文句はない。
オレは姉貴を拝み倒して新車のランドクルーザーを借りた。
二人だけの卒業旅行をランクルで東名ぶっとばして行くのもまあ悪くないかな、と思った。
春先の伊豆半島の海岸沿いをドライブしたり、まだ海に入るにはちょっと早いけど砂浜を二人で走ったり、夜は露天風呂につかり、隠れ宿みたいな和室の部屋で、浴衣を乱して身体を弄り合う。
日常ではあり得ないシチュエイションに、淡白なトモも燃えるんじゃないか。
そんなビジョンを思い描いた。
ところが。
「それにしても、よく降るねえ。台風みたい」
後ろの席で四ノ宮が言った通り、天候はサイアク。
春の嵐とはこういう日のことを言うんだろう。
「さっきから全然進んでないよね。まだ神奈川出てないんじゃないの?」
加藤の言う通り、東名は悪天候の渋滞に事故渋滞まで参加してまったく進まない。
オレのイライラは募るばかりだ。
最低最悪の条件の中、一番腹が立つのが後ろの二人だ。
「シノ、おにぎり食べる?今朝、おふくろに作ってもらったんだ」
「え、いいよ。まだお腹空いてないから」
「そう?じゃあ、おやつのバナナどう?」
オレのハンドルを握る手に力がこもる。
「おまえら、煩せえぞ。静かにしろ、バカ。トモが起きちゃうじゃねーか。だいたいなあ、なんでおまえらがついてくんだよ。おまえらの卒業、2年も先だろーがっ。ええ!」
二人きりの旅行のはずが、どういう成り行きか、後輩の加藤と四ノ宮のおまけつきだ。
「たまたま行き先が同じだから乗せてもらってるだけじゃん。それにさあ、旅館取れたの、シノのおかげでしょ」
確かに、どこもかしこも満室だと断られて困っていたとき、たまたま会った四ノ宮に相談したら、四ノ宮が親戚の代理店で聞いてみる、と言ってくれて手配してもらえた。
それはありがたい。
だけど、だからって、自分たちまで同じ日に同じ旅館を予約するこたねえだろ。
行き帰りの旅費浮かせようって魂胆がミエミエだつーの。
だけど邪魔者の二人よりもっとオレの心を沈ませているのが…。
ナビシートですやすやと深い眠りに落ちている恋人だった。
トモは卒業と同時に、新任教師として赴任することになっている私立の男子校に研修に通っていた。
その学校では毎年、入学式が終わると行事なんかであわただしいからと、新学期がはじまる前に新任教師の歓迎会をすませるそうで、その恒例の歓迎会が昨夜だった。
帰って来たのが明け方だったせいで、車に乗ってからというもの、ずーと眠りこけている。
トモのために借りたランクルだったのに、運転するオレを見てもくれないなんて。
なんか、すっげえ、虚しい。
「それにしても紺野君、この車、カッコいいね。なんていうのこれ」
「あ?これか?おまえランドクルーザーも知らねえの」
「超カッコいいよ!さっすが紺野君。でもさ、オレ、紺野君が免許持ってるって全然知らなかった」
「そりゃあ、そうだろ。2日前に交付されたばっかだかんな」
オレが言うと、後部座席の二人が静まりかえった。
「なんだよ」
「ってことは、まさか、これがはじめてのドライブ……?」
「だよ?おっ、やっと渋滞抜けたぜ。さあ、ぶっとばすぞ」
次の瞬間、車の中には加藤と四ノ宮の悲鳴が轟いた。
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