カラダの恋人

フジキフジコ

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カラダの恋人【第三部】

6.大胆な告白

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「おまえ、本当に出るの?」
紺野君が気が知れないというのがミエミエの表情で言う。
「もちろん、本気だよ」

オレは佐倉君の後輩の加藤陸に頼んで、その『ご対面』番組のスタッフに紹介してもらった。
深い失恋の痛手を癒すためにドイツに渡ったオレは、そのドイツで持ち金全部を盗難にあい、夢も希望も失って失意のどん底でドナウ川に飛び込もうとした。
そのとき、通りがかりの日本人青年に身投げを止められ、激励されて死ぬのを思いとどまった。
青年は当座の現金を貸してくれたが、名前だけ名乗って連絡先は教えてくれなかった。
どうしても彼に会ってお礼が言いたい。
と、いう話を切々と訴えた。

まあ多少事実を誇張している部分もあるけど、テレビ的にはこれくらいの虚飾は必要だと思う。
スタッフさんはオレの話に胸を打たれたらしく、力強くオレの手を握り「きっと見つけてみせますから」と約束してくれた。

まあ、間宮君が見つかった暁にはテレビの前で『感動のご対面』というのをやらないといけないだろうけど、この際、それも仕方ないと腹は括った。

ところが、テレビ局のスタッフをしても間宮君の居所はつかめなかった。
あんまりオレがガッカリしているように見えたのか、彼は「なんだったらテレビに向かって呼びかけてみますか」と言ってくれた。
本当はそういうコーナーはないんだけど、急遽作ってくれると言う。
オレはちょっと考えて、ありがたくその申し出を受けることにした。

「だけど、おまえなんでそんなに会いたいの?間宮と」
本番待ちの控え室で、面白がって見学に付いて来た紺野君が言う。
佐倉君も一緒に来たけど、テレビ局が珍しいと言って彼は局内をほっつき歩いている。
「なんでって、世話になったからお礼が言いたいんだって」
「それだけ?」

いやだなあ、そんな「ごまかすな」って言ってるみたいな目で見ないでよ。
「もしかして、なんかあったんじゃねえの?間宮と、ドイツで」
なんかあったって、そんな紺野君の想像するようなことは…あったけど。
でもあれは旅先の、言ってみれば行きずりの情事ってやつで。

いや、それもちょっと違う。
オレたちはお互いに傷ついていたから、傷を舐めあうようにカラダを愛し合っただけで。
けど、本当にそうだろうか?
オレは確かに傷ついていた。
右も左もわからなくなるくらい、傷ついてどうしようもなかった。
でも間宮君はそうじゃない。
彼はあのときはもう、とっくに立ち直っていた。
だから本当は一方的にオレが間宮君に慰めてもらっただけってことになる。
その借りを、返したいんだろうか、オレは。

オレは考えるのをやめた。
わからない、自分でも。
だからこんなにも彼に会いたいのかもしれない。
間宮君に会えば、この気持ちの正体がわかるような気がするから。

「わからないんだよ、オレにも。こんなに必死で誰かに会いたい、会わなくちゃと思ったの、はじめてだから」
正直に答えると紺野君は表情だけで笑った。
「会えるといいな」
紺野君の言葉に頷いて、時計を見て出番の時間になったことを確認し、オレは立ち上がった。




それから一ヶ月。
生まれてはじめてのテレビ出演以来、オレの身辺はようやく落ち着いた。
人の噂も七十五日と言うけど、実際はその半分くらいなんだな、とくだらないことを身を持って体験してしまった。

思い出すのも恥ずかしいことを、オレはテレビで言ってしまったので。
司会者が、オレが捏造したドイツでの感動秘話を熱のこもった口調で語り終わり、「では河合さん。カメラに向かって恩人の間宮秋一さんに呼びかけてください」と言って、オレにマイクを向けた。

オレは前もって考えていたセリフを口にしかけた。
「えーと、間宮さん、ドイツでは本当にお世話になりました。こうして無事日本に帰ってこられたも、あなたのおかげです。ぜひ会ってお礼が言いたいのでご連絡、お待ちしています」
用意していたのはたったのそれだけの言葉だった。
それなのに、なぜか喉から先に言葉が出ない。

司会者の人が、いつまでも喋らないオレに焦って、「さあ、あのカメラに向かって」と小声で囁いて、オレはそのカメラの赤いランプをじっと見た。
間宮君の面影を頭に思い浮かべると、頭の中に、ピアノの高い音が掠った。
今思えばそれは悲劇のイントロだったが、そのときのオレにとっては、心の中の深い霧が一気に晴れたような清々しいファンファーレのように感じた。
なんだ、単純なことだったんだ。
オレは息を吸い込んで、言った。

「間宮君!君が好きだ。だから、会いたい。お願いだから、連絡ください!」
瞬間、スタジオは水を打ったように静まりかえった。
落ち着いていたのはオレくらいで、言いたいことを言ってスッキリしたオレは鼻の頭をかきながら「あの、終わりましたけど」と司会者に進行を促す。
はっとした司会者はそれでもさすがプロというかなんというか「誠意のこもったお言葉ですね。間宮さん、彼は本当に心からあなたに感謝してます。ぜひ、連絡してください」と、オレのカミングアウトなんかなかったように見事にコーナーを終わらせた。

スタジオの端で見守っていた佐倉君が、目を見開いて驚いている。
隣で紺野君が笑いながらVサインを送ってくれた。
それに応えてオレもVサインを返す。

けど、それで勝利したってわけじゃなかった。
結果から言うと、間宮君からの連絡はなかった。
オレのテレビ出演は肝心な目的は果たせず、ただ世間の好奇心を煽っただけだった。
実際、世の中の人が、あんな番組をこんなに見ていたのかと思うくらい誰も彼もから真相を尋ねられてうんざりした。
大学の友人には「シャレだよ」の一言で納得してもらえたからいいけど、親や親戚からは大目玉をもらった。
しょうがない。
その騒動のおかげで、やたら騒がしい秋だった。



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