30 / 91
カラダの恋人【第三部】
5.会いたい人がいる
しおりを挟む
勢いでドイツから戻ったまではよかったが、間宮君に会えないままオレは元の日常に戻る他なかった。
もともとドイツに行くことだって、日本に帰ってきたらちゃんと大学にも行って今まで通り立派な医者になるべく真面目に勉学に励みます、って約束のもと両親にお金と許可を貰って決行出来た傷心旅行だったから、帰って来た限りはその義理を果たさなきゃならないことはわかっていた。
美由希を好きだったこと、それを彼女に伝えられないまま死に目にも会えなかったことは、やっぱりオレの中でしこりになっていて、けれどこれはもう一生抱える痛みなんだと覚悟は出来ている。
それくらい、オレは美由希に対して本気だった。
けれど今はなんだかそれとは別のもやもやした感情に悩まされている。
思い立ってCDを買った。
ウインナワルツ全集の『美しき青きドナウ』。
オーケストラで聞くそれは、ついに見ることのなかったドナウ川の本流を彷彿とさせる壮大で迫力のある音だった。
けど、間宮君がピアノだけで聴かせてくれた澄んだ旋律のようには心に響かない。
もう一度聴きたいと思った。
焦がれた。
美由希に、こういう気持ちを何て言うか聞いたら、美由希は笑いながら簡単に答えただろう。
ケイ、その人のこと好きなのよ。
そんなんじゃない。
だって美由希、オレはそんなに簡単に人を好きになんてなれないよ。
世間はもうとっくに夏休みも終わっているというのに、大学生は暇を持て余しているらしい。
平日の日中から準備中の店に顔を出して暑い暑いを連発しながら「河合ぃ、なんか旨いもん食わせて」とだらけている佐倉君に、オレは呆れて聞く。
「暇そうだね、4年のくせしてさ。就職活動、大丈夫?」
「聞くなよ…。憂鬱になるだろ」
佐倉君は教育学部に通う、教員志望だ。
「それにしても今どき教師になろうなんて、佐倉君も奇特だよね」
「だよなー。なんかオレ、今年も実習行って自信失っちゃって」
「なに、どうしたの。珍しく弱気なこと言っちゃって」
「だってさあ、おまえ知ってる?今時の高校生。茶髪にピアスくらいは当たり前だけど、化粧してるやつまでいてさあ、なんか世代のギャップ感じるよなあ」
ああ、いわゆるJKってやつね。
確かにやりずらいと思うよ。
「そういうのにおまえ『センセイ、付き合ってー』とか言われてみろよ、ぞっとするぜ」
「なに佐倉君、モテモテだったんだ。やるじゃん。でもセンセイが女子高生と付き合うワケにはいかないからね、残念」
「河合…オレが行ったの男子校」
情けない声で佐倉君は言った。
あんまり凹んでるので、笑うのも気の毒だった。
「だいたいオレが教師になろうなんて思ったのはさ、サラリーマンより楽かなって思っただけだし。オレの親父は普通のサラリーマンなんだけど、転勤ばっかでさ、子供の頃はオレもそれに付き合って転校ばっかりで、結構、ツラかったんだ。だから教師なんか、安定してていいんじゃないかなあって、その程度の動機だよ?紺野みたいに夢や目的があるワケじゃないし」
「へえ」
と、オレが不思議そうに言うと佐倉君は「なんだよ」とオレを睨む。
「や、佐倉君が紺野君にそんなコンプレックス持ってるなんて意外だった」
「コンプレックス?そんなんじゃねーよっ」
そう言ったあとで少し考え込んだ表情をして、佐倉君はため息を吐いた。
「っていうか、そうなのかもなあ。だからオレ、紺野には素直になれないのかも…」
そんなことを独り言みたいに、呟いた。
どうやらうまくいってるように見える二人にも、それなりに問題があるらしい。
だけど、そこはオレが首を突っ込む問題じゃないよね。
「それはそうと、佐倉君、代わりのアルバイト、紹介してくれるんじゃなかったの?」
「ああ、今度連れてくるよ。そいつ加藤陸っていうんだけど、性格明るいしサービス精神旺盛だし、ウエイターに向いてると思うんだよね。ちょっとお調子モンだけど。けど、今あいつ友達のピンチヒッターでテレビ局で短期のバイトしてるから、もう少し待って」
「へえ、それどんな仕事?」
テレビ局のアルバイトなんてマスコミ志望の学生に人気で簡単に出来る仕事じゃない。
「なんかさあ、水曜日かなんかにやってるじゃん。生き別れの家族を探してきてご対面とか、遠い異国の地で出会った命の恩人に感動の再会とか、そういう番組の聞き込み調査みたいなの」
「へえ…」
と返事をして、ふと佐倉君の言葉が頭の中で巻き戻し再生を繰り返した。
遠い異国の地で出会った命の恩人に感動の再会?
そのシチュエイションはまるで…。
「佐倉君!すぐ紹介してよ、その加藤陸!」
オレはちょっと無謀な賭けに出ることにした。
もともとドイツに行くことだって、日本に帰ってきたらちゃんと大学にも行って今まで通り立派な医者になるべく真面目に勉学に励みます、って約束のもと両親にお金と許可を貰って決行出来た傷心旅行だったから、帰って来た限りはその義理を果たさなきゃならないことはわかっていた。
美由希を好きだったこと、それを彼女に伝えられないまま死に目にも会えなかったことは、やっぱりオレの中でしこりになっていて、けれどこれはもう一生抱える痛みなんだと覚悟は出来ている。
それくらい、オレは美由希に対して本気だった。
けれど今はなんだかそれとは別のもやもやした感情に悩まされている。
思い立ってCDを買った。
ウインナワルツ全集の『美しき青きドナウ』。
オーケストラで聞くそれは、ついに見ることのなかったドナウ川の本流を彷彿とさせる壮大で迫力のある音だった。
けど、間宮君がピアノだけで聴かせてくれた澄んだ旋律のようには心に響かない。
もう一度聴きたいと思った。
焦がれた。
美由希に、こういう気持ちを何て言うか聞いたら、美由希は笑いながら簡単に答えただろう。
ケイ、その人のこと好きなのよ。
そんなんじゃない。
だって美由希、オレはそんなに簡単に人を好きになんてなれないよ。
世間はもうとっくに夏休みも終わっているというのに、大学生は暇を持て余しているらしい。
平日の日中から準備中の店に顔を出して暑い暑いを連発しながら「河合ぃ、なんか旨いもん食わせて」とだらけている佐倉君に、オレは呆れて聞く。
「暇そうだね、4年のくせしてさ。就職活動、大丈夫?」
「聞くなよ…。憂鬱になるだろ」
佐倉君は教育学部に通う、教員志望だ。
「それにしても今どき教師になろうなんて、佐倉君も奇特だよね」
「だよなー。なんかオレ、今年も実習行って自信失っちゃって」
「なに、どうしたの。珍しく弱気なこと言っちゃって」
「だってさあ、おまえ知ってる?今時の高校生。茶髪にピアスくらいは当たり前だけど、化粧してるやつまでいてさあ、なんか世代のギャップ感じるよなあ」
ああ、いわゆるJKってやつね。
確かにやりずらいと思うよ。
「そういうのにおまえ『センセイ、付き合ってー』とか言われてみろよ、ぞっとするぜ」
「なに佐倉君、モテモテだったんだ。やるじゃん。でもセンセイが女子高生と付き合うワケにはいかないからね、残念」
「河合…オレが行ったの男子校」
情けない声で佐倉君は言った。
あんまり凹んでるので、笑うのも気の毒だった。
「だいたいオレが教師になろうなんて思ったのはさ、サラリーマンより楽かなって思っただけだし。オレの親父は普通のサラリーマンなんだけど、転勤ばっかでさ、子供の頃はオレもそれに付き合って転校ばっかりで、結構、ツラかったんだ。だから教師なんか、安定してていいんじゃないかなあって、その程度の動機だよ?紺野みたいに夢や目的があるワケじゃないし」
「へえ」
と、オレが不思議そうに言うと佐倉君は「なんだよ」とオレを睨む。
「や、佐倉君が紺野君にそんなコンプレックス持ってるなんて意外だった」
「コンプレックス?そんなんじゃねーよっ」
そう言ったあとで少し考え込んだ表情をして、佐倉君はため息を吐いた。
「っていうか、そうなのかもなあ。だからオレ、紺野には素直になれないのかも…」
そんなことを独り言みたいに、呟いた。
どうやらうまくいってるように見える二人にも、それなりに問題があるらしい。
だけど、そこはオレが首を突っ込む問題じゃないよね。
「それはそうと、佐倉君、代わりのアルバイト、紹介してくれるんじゃなかったの?」
「ああ、今度連れてくるよ。そいつ加藤陸っていうんだけど、性格明るいしサービス精神旺盛だし、ウエイターに向いてると思うんだよね。ちょっとお調子モンだけど。けど、今あいつ友達のピンチヒッターでテレビ局で短期のバイトしてるから、もう少し待って」
「へえ、それどんな仕事?」
テレビ局のアルバイトなんてマスコミ志望の学生に人気で簡単に出来る仕事じゃない。
「なんかさあ、水曜日かなんかにやってるじゃん。生き別れの家族を探してきてご対面とか、遠い異国の地で出会った命の恩人に感動の再会とか、そういう番組の聞き込み調査みたいなの」
「へえ…」
と返事をして、ふと佐倉君の言葉が頭の中で巻き戻し再生を繰り返した。
遠い異国の地で出会った命の恩人に感動の再会?
そのシチュエイションはまるで…。
「佐倉君!すぐ紹介してよ、その加藤陸!」
オレはちょっと無謀な賭けに出ることにした。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる