カラダの恋人

フジキフジコ

文字の大きさ
上 下
22 / 91
カラダの恋人【第二部】

6.佐倉君の悩み

しおりを挟む
それからしばらく陸とは妙にぎくしゃくした日が続いていた。
僕はあれからずっと怒って口をきかないようにしてるし、さすがの陸も自分のしでかしたことを反省しているのか、学校ですれ違っても僕と目を合わさない。

別に、陸だけが友達ってわけじゃないし、陸にはいろいろ手を焼いているから、これっきりでも全然いいんだけど。

でも、なんだかんだ言っても、やっぱり陸といるのが一番自然というか、気をつかわなくていいというか、とにかく楽で、日頃賑やかな陸がまとわりつかないと、なんとなく、なにかが物足りないような気もする。

もう二度とあんなことしないって約束するなら、許してやろうなんて思う僕はかなりいい奴だ。

そんな、陸とちょっと距離をとってるとき、突然佐倉君に「今日飲みにいかない?」って誘われた。
「佐倉君、一人?珍しいね、紺野君は?」
何気なく聞いただけなのに、佐倉君は顔をしかめた。

「紺野か。なあ、オレと紺野ってそんなにいつも一緒にいるかな」
「え?」
どういう意味?って目で、僕は佐倉君を見る。
「一人でいると必ず『紺野君は?』って聞かれんだよね、オレ。オレは紺野のマネージャーじゃねーつーのッ」

面白くない、という風に渋い顔をして見せる。
「そういうつもりで言ってるんじゃないよ、みんな。なんかさ、佐倉君と紺野君は二人でいるのが自然って言うか…お似合いって言うか」
変なこと言っちゃったかな、と思ったけど、佐倉君は気にしてない様子。

「おまえと、加藤みたいに?」
クスっと、口許だけで笑って聞いた。
「佐倉君、なんか変だよお、紺野君と喧嘩でもしたの?」
そう聞いても佐倉君は「別に」としか言わなかった。



***



居酒屋でチューハイを3杯開けて、やっと口が軽くなったのか佐倉君は白状した。

「紺野がさあ、一緒に住もうって言うんだよ」
「えっ?!同棲すんの?!」
しまった、言葉を間違えた。
同棲じゃなくて、この場合は「同居」という方が正しいだろう。

酔っているせいか、佐倉君はやっぱり気にしてる様子はない。
前から思っていたけど、佐倉君って結構鈍感なとこ、あるんだよね。

「四ノ宮、おまえだったら仲のいい友達と、たとえば加藤とさ、一緒に住みたいと思う?」
そう聞かれて僕は、うーん、と心の中で唸った。
佐倉君は、僕が佐倉君と紺野君の関係を知らないと思っているから、僕と陸で喩えたんだろうけど、二人の場合と僕たちの場合じゃ意味が違うんじゃないかなあ。
だって、佐倉君と紺野君は恋人同士で、お互いに好きなら、一緒に住みたいと思うのは自然なことだと思う。

「佐倉君は紺野君と一緒に住むの、嫌なの?」
「嫌っていうか…。オレ、他人といるの苦手だがら。息が詰まるんじゃないかと思うんだよね。いくら、紺野でも」
なるほどね。
佐倉君はきっと心配なんだ。
紺野君と一緒に住みはじめて、お互いの存在が重くなることが。

佐倉君のそういう気持ちは理解らなくもない。
僕も、陸とは物心ついたときから一緒にいて、それが自然で居心地だっていいけど、でも時々、理由もなく陸の存在が鬱陶しくなることがある。
陸のこと、嫌いじゃないけど、距離をとりたい時だってあるんだ。
でもきっと紺野君にはそういう佐倉君の微妙な心理、わからないんだろうなあ。

佐倉君と紺野君がそういう関係だってわかってから注意して二人を見ると、紺野君の佐倉君を見る目なんてかなりあからさまで、今まで気がつかなかったことを不思議に思ったくらいだった。
独占欲も強そうな紺野君が、佐倉君と住みたがるのもなるほどなあ、という気がする。

「で、嫌だって言ったら怒ってるんだよね、あいつ」
佐倉君がそう言ったとき、佐倉君の携帯が鳴った。
待ち受け画面で発信者の名前を確認した佐倉君は顔をしかめて、無愛想な感じで電話に出た。

「……んだよ。……今、四ノ宮と飲んでんだよっ。…あ?アパート?今日は四ノ宮んちに泊まるから、帰んねーよ!」
勿論、電話の相手は紺野君だろう。
痴話げんかっていうのかなあ、これも。

それから僕たちは紺野君と陸のワルクチを肴に結構飲んで、居酒屋を出たあと佐倉君は、本当に僕の家に来た。
「だいたいあいつはぁ、わがままなんだよっ。なんでもかんでも自分の思いとおりにならないと気がすまねーし。オレがちょっと他のヤツと喋ってるだけでムクれるし。そのくせ自分は事務のオンナに言い寄られて、オレに見つかって慌てて断ってんの」

僕の家に来てからも、まだ佐倉君は紺野君のワルクチを言ってる。
ノロケのような後半は聞かない振りをしてやる僕って友達思いだと思う。

「え~、そうかなあ、紺野君ってそんなわがままじゃないでしょう。どっちかっていうと正義感の強いヒーロータイプじゃん。あ、そういえばこの前もボランティア募集の広告、熱心に見てたよ。カンボジアに井戸を掘りにいくなんて、そうそう出来ないよ。エラいよねえ」

この前、陸と見たことを、僕は考えなしに佐倉君に言ってしまった。
「カンボジア?なんだよそれ」
「え、佐倉君聞いてないの?紺野君、海外青年協力隊の一員としてカンボジアに行くんじゃないの?井戸掘りに」
言いながら、それもおかしいんじゃないかという気がした。
だったらどうして紺野君は佐倉君に一緒に暮らそうなんて言ったんだろう。

「おかしいよね、だって。任期2年とか書いてあった気が…。あ、もしかして紺野君、佐倉君に断られてショックで申し込んじゃったんじゃ?」
言い終わらないうちに、見る見る佐倉君の顔色が変わった。
「2年…?カンボジア…?井戸…?」
ブツブツと口の中で呟いたあと、おもむろに立ち上がる。

「四ノ宮、オレ、帰るわ」
「え?マジ?大丈夫なの?」
呼びかけても返事もしないで、佐倉君は家を出て行った。
それほど酔ってるわけじゃないから、ま、いいか、と思ったけど、佐倉君がスタジャンを忘れていったことに気づいた。

しばらくどうしようか迷いつつ、外はまだ結構寒いし、風邪でもひかれたら責任を感じちゃうと思って後を追いかけることにした。
そして玄関の階段を下りたところで、陸に会った。

「陸、なに。オレんとこ来るとこだった?もしかして」
「うん」
「悪いけど、今度にしてくれないかなあ。オレ、ちょっと急いでるんだ」
「あっくん!」
陸はいきなり僕の腕をつかんだ。

「話があるんだよ、大事な話」
「ああ?わかってるよ、オレに謝りたいんだろ?もう、いいよ。わかったから。おまえがもう二度とあんなバカなことしないって約束するなら、オレは別にもう怒ってないし」
僕が寛大なところを見せて優しく言ってやったのに、陸ときたら、
「君、なに言ってんの?なんでオレが謝んなきゃいけないの」
なんて平然と言う。

「なんだよ、おまえ。オレに謝りにきたんじゃないの?」
許してやろうとしていた僕の気持ちは一気に硬化した。
「違げーよ、オレが言いたいのはね、どうやらオレ、シノのこと好きみたいなんだよね。だから付き合ってって言いに来たの」
「はあああああ?」
僕は言葉を失った。
陸が何言ったんだか、頭が理解してない。
いや、多分、理解するのを拒否している。

「悩んだんだよね、オレも。だってさあ、男同士なんてどう考えてもダサいじゃん?とてもカッケーとは言えないよね。でも、シノのこと考えると、胸がドキドキするし、あそこはズキズキするし、これってもう絶対恋だなあって、確信したんだよね。あ、シノ!ちょっと、どこ行くの!?人の話聞いてよーー!」

僕は陸を無視して、佐倉君を追いかけた。
馬鹿らしい。
陸は下半身の欲望に脳みそを冒されてるらしい。
やりたいだけなのに、好きとか恋とか適当なこと言って。
佐倉君を追いかけながら、僕の中で陸に対する怒りが段々こみ上げてきた。

あんまり腹が立ちすぎて、悲しくなってきた。
なんでこんな気持ちになるのか理由はわからないし、考えたくなかった。

考えなくてもいいように、僕は必死で走って、駅前の商店街で佐倉君に追いついた。
「佐倉君!」
呼びかけたあとに、佐倉君が一人じゃなくて紺野君と一緒にいることに気がついた。

「あれ、紺野君、どうしたの?」
「今ここで会ったんだよ」
と説明する佐倉君の声は思い切り冷たくて、二人の間が険悪なのはわかる。

「あ、あのさあ、佐倉君オレんちにスタジャン忘れたでしょ?それ持って、持って、あ…持ってくるの、忘れた」
二人は僕の天然ボケに突っ込みさえ入れてくれない。
寂しいじゃないか。

「そうか。サンキュ、オレ、取りにいくわ」
佐倉君は真顔で僕に言って、紺野君には「じゃあな」と言った。
「待てよ、オレも行く」
紺野君が憮然として言う。
えーっ?どういうこと?
「いいか、四ノ宮」

いいもなにも、そんな怖い顔で言われて「やだ」って言えるわけないじゃん、やだなあ、もう。
「勝手にしろ」っていう佐倉君も佐倉君だよ、喧嘩するなら他でしてください、お願いします。
成り行きとはいえ、とんでもないことに巻き込まれてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...