8 / 91
カラダの恋人【第一部】
8.人にはいろいろ事情がある
しおりを挟む
大学のテストが終わって明日から冬休みに入るって日。
オレは間宮を飲みに誘った。
オレと紺野がよく行く、小さいけど雰囲気のいい明るい南国風の居酒屋で、オレは間宮に紺野を紹介した。
あんまりこういう店に来たことがないのか、間宮は物珍しそうに店内を見回していた。
「でも間宮さあ、ピアノやってること、なんで言ってくれなかったんだよ」
「ごめん。隠すつもりはなかったんだけど、言いそびれてしまって」
「そりゃあ正解だよ、黙ってて。こいつってさあ、自分のわかんない世界の人間に対してすげえ引っ込み思案だから」
間宮のことをなんとなくムシが好かないハズの紺野は、それにしちゃあ最初から打ち解けて気安い口を利いている。
「悪かったな!引っ込み思案でっ」
オレは手に持っていた箸で紺野の手の甲を刺した。
痛い、と大騒ぎをする紺野を無視して、
「なあ間宮、今度弾いてよ、ピアノ。そうだほら、例の『月の光』とかさ」
オレは言った。
「オレも聴きたいなあ。トモに聴かせてもどうせこいつ寝ちゃうから、オレに聴かせた方がいいぜ。ほら、オレはトモと違って一応バイエルの初級まではクリアしてるし」
「おまえいちいちうっせえんだよ!」
オレは紺野の髪を引っ張った。
紺野はオレの頬を抓った。
オレたちが痛さに堪え、顔を歪めて睨みあっていると、間宮は静かな口調で言った。
「ピアノ、やめたんだ」
「え?……ええっ?!なんでっ?」
「うん…。思うように弾けなくなってね。まあ、いろいろあったんだけど」
やめた?
その権威あるなんとかコンクールに何度も優勝していて、加藤や四ノ宮まで名前を知ってるくらい、有名なのに?
どうして、また。
と喉まで出かかった言葉を、かろうじてオレは飲み込んだ。
人にはいろいろ事情があるものだ。
オレなんかにはわからない、芸術家の苦悩とか大変なことがあったんだろうなあ。
そう思って、オレが次になんて言っていいか言葉を探していると、
「でもさあ、趣味で弾くならどんなふうに弾いてもいいだろ?おまえの好きなように弾けばいいじゃん。そういうの、聴かせろよ」
小さい頃からずっと弾いていて、中学生で日本一になって、そして挫折したことなんてまるでなんでもないことみたいな言い方で紺野は言う。
「おまえ、そんな無理言っちゃ…」
無神経な紺野の言葉に間宮が傷ついたんじゃないかとハラハラするオレに、間宮は、
「そうか、そうだね。今度、二人に聴いてもらおうかな」
明るく笑顔を見せながら言った。
なんかほっとして、オレの胸の中にあったわだかまりも解けて、久しぶりにいい気分で酔った。
軽口からすぐに喧嘩になるオレと紺野を、間宮はずっと静かな微笑で見つめていた。
間宮の、その温かで柔らかい視線は、心地のいい音楽みたいだ。
オレは間宮を飲みに誘った。
オレと紺野がよく行く、小さいけど雰囲気のいい明るい南国風の居酒屋で、オレは間宮に紺野を紹介した。
あんまりこういう店に来たことがないのか、間宮は物珍しそうに店内を見回していた。
「でも間宮さあ、ピアノやってること、なんで言ってくれなかったんだよ」
「ごめん。隠すつもりはなかったんだけど、言いそびれてしまって」
「そりゃあ正解だよ、黙ってて。こいつってさあ、自分のわかんない世界の人間に対してすげえ引っ込み思案だから」
間宮のことをなんとなくムシが好かないハズの紺野は、それにしちゃあ最初から打ち解けて気安い口を利いている。
「悪かったな!引っ込み思案でっ」
オレは手に持っていた箸で紺野の手の甲を刺した。
痛い、と大騒ぎをする紺野を無視して、
「なあ間宮、今度弾いてよ、ピアノ。そうだほら、例の『月の光』とかさ」
オレは言った。
「オレも聴きたいなあ。トモに聴かせてもどうせこいつ寝ちゃうから、オレに聴かせた方がいいぜ。ほら、オレはトモと違って一応バイエルの初級まではクリアしてるし」
「おまえいちいちうっせえんだよ!」
オレは紺野の髪を引っ張った。
紺野はオレの頬を抓った。
オレたちが痛さに堪え、顔を歪めて睨みあっていると、間宮は静かな口調で言った。
「ピアノ、やめたんだ」
「え?……ええっ?!なんでっ?」
「うん…。思うように弾けなくなってね。まあ、いろいろあったんだけど」
やめた?
その権威あるなんとかコンクールに何度も優勝していて、加藤や四ノ宮まで名前を知ってるくらい、有名なのに?
どうして、また。
と喉まで出かかった言葉を、かろうじてオレは飲み込んだ。
人にはいろいろ事情があるものだ。
オレなんかにはわからない、芸術家の苦悩とか大変なことがあったんだろうなあ。
そう思って、オレが次になんて言っていいか言葉を探していると、
「でもさあ、趣味で弾くならどんなふうに弾いてもいいだろ?おまえの好きなように弾けばいいじゃん。そういうの、聴かせろよ」
小さい頃からずっと弾いていて、中学生で日本一になって、そして挫折したことなんてまるでなんでもないことみたいな言い方で紺野は言う。
「おまえ、そんな無理言っちゃ…」
無神経な紺野の言葉に間宮が傷ついたんじゃないかとハラハラするオレに、間宮は、
「そうか、そうだね。今度、二人に聴いてもらおうかな」
明るく笑顔を見せながら言った。
なんかほっとして、オレの胸の中にあったわだかまりも解けて、久しぶりにいい気分で酔った。
軽口からすぐに喧嘩になるオレと紺野を、間宮はずっと静かな微笑で見つめていた。
間宮の、その温かで柔らかい視線は、心地のいい音楽みたいだ。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる