スリーピングドール

フジキフジコ

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20.風景

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「那智くん、もう僕のことも圭太のことも覚えてなかったよ。自分のこともほとんどわからないみたいだった。でも、樫野くんのことはわかるんだね。不思議だね」

療養所を出たところで、坂道を上ってくる樫野と会った。
一緒に駐車場まで歩きながら悠希はさっきの那智との面会のことを話した。

「オレは我が儘言って仕事減らして毎日通ってるからだよ。最近はほとんど泊まっていたし。完全看護なのにって、看護士さんに睨まれてるけどね」
笑ってそう言う樫野を、悠希は泣き腫らした目で見つめる。

「樫野くん、那智くんの側にいて辛くないの?」
ほんの少しの面会だけで、こんなに打ちのめされている自分に比べて、毎日、那智の側で、変わっていく那智を見続けている樫野の気持ちを思った。

樫野は首を振った。
辛くないと言えば嘘になる。
だけど、どんなに辛くても側にいたい気持ちの方がなによりも超える。

「悠希、オレ、カウントダウンするのはやめたんだ」
それだけ言って「じゃあな」と悠希を残し、那智に会うために背中を向けた。



◆◆◆



風景に溶けてしまいそうな後ろ姿だと思った。
海と空の境界線に沈む太陽を真ん中にして、グラデーションのように濃い赤から薄い赤が滲んで、そのまま那智を飲み込んでしまいそうだ。

昔、撮影で、ハワイに行ったとき、やっぱりこんな綺麗な夕陽を那智と一緒に見た。
多分、どんな風景の中にも、自分は過去に那智といた風景を思い描くことが出来る。

思い出の破片をかき集めて、那智の目の前に見せてあげられたらと思う。
形にしたらそれはきっと宝石のようにキラキラ光るもののような気がする。

名前を呼ぶと、那智は肩越しに振り返って、微笑んだ。
「樫野」
と唇がそう動いたことを確認して、今日もまだ大丈夫だと安堵する。

もう那智の中にある記憶は数えるほどしかない。
樫野は何も言わないで、那智の後ろに立ち、風に飛ばされそうな身体を背中からそっと抱いた。

近頃はもう言葉はあまり必要ない。
寄り添うことだけに意味があった。





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