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10.タイムリミット
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「那智、メシ、出来たよ。食べよう」
那智の部屋でダイニングテーブルに皿を並べ終わった樫野が呼んだ。
「…ん」
那智は生返事をして、テレビの前で画面に見入っている。
大型の液晶テレビに映っているのは、新曲の振り付けの練習風景だった。
「那智って」
「…もうちょっとだけ」
言って、DVDを操作するためにリモコンを手にした那智の手からそれをやんわりと取り上げて、樫野はテレビの電源を落とした。
「いい加減にしろ」
「明日、プロモ撮り本番だろ。みんなに迷惑かけたくないんだよ。出来るだけ、頭に入れておかないと」
「そんなに頑張る必要ない。身体、壊したら意味ないだろ。ちゃんと食うもの食って、早く寝るんだ」
那智は恨めしそうに樫野を上目遣いで見上げ、不満気に顔を背けながら言った。
「時間が、ないんだよ。オレには時間がない」
そう言えば樫野はわかってくれるはず。
病気のことがわかってから、那智の我が儘は最終的にはすべて許されてきた。
「おまえの頭にはダンスとFakeLipsのことしか、ないんだな」
ふと、感情を殺したような声で樫野が言った。
「おまえは時間がないってそればかり言う。だけど、おまえに時間がないなら、オレだって同じだってこと、わかってる?」
「樫野……」
普段と違う樫野の様子に、那智の瞳が不安そうに揺れる。
那智にそんな顔をさせたくなかった。
そう思いながら、樫野は自分の気持ちを抑えられない。
「那智、おまえを抱かせてよ」
口にしながら、自分でも驚いた。
そんなことを言うつもりなんて、少しもなかったのに。
「オレのこと、覚えているうちに、抱かせて」
それが自分の望みで本心なのか、樫野にはわからない。
ただ、那智を失くしそうな苛立ちを、那智にぶつけているだけなのかもしれない。
それに、今の那智にそんなことを受け入れられる余裕がないこともわかっていた。
けれど、脅えているのは樫野も同じだった。
忘れてしまうことに那智は脅え、忘れられてしまうことに樫野は脅えていた。
「樫野…オレたち、それはしないって約束した」
「したよ、約束」
気持ちを身体で確かめるのはやめよう。
抱き合わないことで、心で繋がろう。
ずっと一緒にいるために、そうしようと。
「覚えているんだな、そのことは」
皮肉で言ったのではなかったが、その言葉は冷たい口調で響いた。
「でも、おまえにはオレがわからなくなるんだよ?はじめて会ったみたいな顔で、オレを見たりするんだろ?そしたら気持ちなんて確かめようがねえじゃん。オレはさ、どうすればいい?おまえに忘れられたあと、どういう方法で、おまえの気持ちを確かめればいいんだよ?!」
知らず知らずのうちに、言葉が那智を責めている。
なんで忘れるんだ。
こんなに好きなのに。
なんでオレのこと忘れるんだよ!二人で一緒にいた時間をなかったことにするのか?!
傷ついたことも楽しかったことも、一緒に泣いたことも笑ったこともなにもかも!
どうしておまえはそんな残酷なことが出来るんだ!
心で叫んでいる気持ちが声になって、那智のせいじゃないとわかっているのに、止められない。
そんな自分がたまらなく嫌なのに、目の前にあるタイムリミットに優しさはすべて奪われる。
樫野は何かに急き立てられるように那智を抱きしめて床に押し倒した。
「今しかないんだろ?!過去も未来もなくなるなら、オレたちには今しかねえんだろ!」
二人の間から記憶を取り除いたら、二人を繋ぐものはあるのだろうか。
「やめろっ、樫野っ、…や…めっ!」
那智は抵抗した。
抵抗しながら、自分の気持ちを探る。
樫野の気持ちは知っている。
理解もしていた。
過去に交わした約束は、自分の我が儘だ。
だから。
樫野が望むなら、抱かれてもいい。
そう思うのに、今は自分自身を支えるのにせいいっぱいで、自分を追いつめる樫野を拒む気持ちを隠せなかった。
今は二人とも、相手の気持ちを思うことが出来ない。
強引にシャツの中に手を入れて、唇を重ね舌をねじ込んできた樫野の身体を、那智は押し返す。
けれど力任せに押さえつけられて、項や首筋に直向きなキスの雨を浴びているうちに、那智は力を失ったように抵抗をやめた。
「那智…?」
我に返って上から那智の顔を覗くと、横を向いている那智のこめかみに涙が一筋伝っている。
那智は声を出さずに泣いていた。
「…こんなことしたって…意味なんかない。明日になったら…覚えてないんだ…おまえに抱かれたこと…きっと…覚えていられない…」
病気は静かに進行している。
記憶を蝕む病気が、樫野に抱かれても、そのことを記憶に残さないかもしれない。
那智の、静かな涙に樫野は打ちのめされた。
なにをしようとしていたんだろう、自分は。
那智に忘れられるのが辛くて、せめて自分のことをわかっていてくれる那智を抱いて記憶に残そうとした。
自分の記憶の中に残そうと、したのだ。
那智はそのすべてをなくそうとしているのに。
樫野は自分のしたことに愕然とした。
そして那智から逃げるように部屋を飛び出した。
那智の部屋でダイニングテーブルに皿を並べ終わった樫野が呼んだ。
「…ん」
那智は生返事をして、テレビの前で画面に見入っている。
大型の液晶テレビに映っているのは、新曲の振り付けの練習風景だった。
「那智って」
「…もうちょっとだけ」
言って、DVDを操作するためにリモコンを手にした那智の手からそれをやんわりと取り上げて、樫野はテレビの電源を落とした。
「いい加減にしろ」
「明日、プロモ撮り本番だろ。みんなに迷惑かけたくないんだよ。出来るだけ、頭に入れておかないと」
「そんなに頑張る必要ない。身体、壊したら意味ないだろ。ちゃんと食うもの食って、早く寝るんだ」
那智は恨めしそうに樫野を上目遣いで見上げ、不満気に顔を背けながら言った。
「時間が、ないんだよ。オレには時間がない」
そう言えば樫野はわかってくれるはず。
病気のことがわかってから、那智の我が儘は最終的にはすべて許されてきた。
「おまえの頭にはダンスとFakeLipsのことしか、ないんだな」
ふと、感情を殺したような声で樫野が言った。
「おまえは時間がないってそればかり言う。だけど、おまえに時間がないなら、オレだって同じだってこと、わかってる?」
「樫野……」
普段と違う樫野の様子に、那智の瞳が不安そうに揺れる。
那智にそんな顔をさせたくなかった。
そう思いながら、樫野は自分の気持ちを抑えられない。
「那智、おまえを抱かせてよ」
口にしながら、自分でも驚いた。
そんなことを言うつもりなんて、少しもなかったのに。
「オレのこと、覚えているうちに、抱かせて」
それが自分の望みで本心なのか、樫野にはわからない。
ただ、那智を失くしそうな苛立ちを、那智にぶつけているだけなのかもしれない。
それに、今の那智にそんなことを受け入れられる余裕がないこともわかっていた。
けれど、脅えているのは樫野も同じだった。
忘れてしまうことに那智は脅え、忘れられてしまうことに樫野は脅えていた。
「樫野…オレたち、それはしないって約束した」
「したよ、約束」
気持ちを身体で確かめるのはやめよう。
抱き合わないことで、心で繋がろう。
ずっと一緒にいるために、そうしようと。
「覚えているんだな、そのことは」
皮肉で言ったのではなかったが、その言葉は冷たい口調で響いた。
「でも、おまえにはオレがわからなくなるんだよ?はじめて会ったみたいな顔で、オレを見たりするんだろ?そしたら気持ちなんて確かめようがねえじゃん。オレはさ、どうすればいい?おまえに忘れられたあと、どういう方法で、おまえの気持ちを確かめればいいんだよ?!」
知らず知らずのうちに、言葉が那智を責めている。
なんで忘れるんだ。
こんなに好きなのに。
なんでオレのこと忘れるんだよ!二人で一緒にいた時間をなかったことにするのか?!
傷ついたことも楽しかったことも、一緒に泣いたことも笑ったこともなにもかも!
どうしておまえはそんな残酷なことが出来るんだ!
心で叫んでいる気持ちが声になって、那智のせいじゃないとわかっているのに、止められない。
そんな自分がたまらなく嫌なのに、目の前にあるタイムリミットに優しさはすべて奪われる。
樫野は何かに急き立てられるように那智を抱きしめて床に押し倒した。
「今しかないんだろ?!過去も未来もなくなるなら、オレたちには今しかねえんだろ!」
二人の間から記憶を取り除いたら、二人を繋ぐものはあるのだろうか。
「やめろっ、樫野っ、…や…めっ!」
那智は抵抗した。
抵抗しながら、自分の気持ちを探る。
樫野の気持ちは知っている。
理解もしていた。
過去に交わした約束は、自分の我が儘だ。
だから。
樫野が望むなら、抱かれてもいい。
そう思うのに、今は自分自身を支えるのにせいいっぱいで、自分を追いつめる樫野を拒む気持ちを隠せなかった。
今は二人とも、相手の気持ちを思うことが出来ない。
強引にシャツの中に手を入れて、唇を重ね舌をねじ込んできた樫野の身体を、那智は押し返す。
けれど力任せに押さえつけられて、項や首筋に直向きなキスの雨を浴びているうちに、那智は力を失ったように抵抗をやめた。
「那智…?」
我に返って上から那智の顔を覗くと、横を向いている那智のこめかみに涙が一筋伝っている。
那智は声を出さずに泣いていた。
「…こんなことしたって…意味なんかない。明日になったら…覚えてないんだ…おまえに抱かれたこと…きっと…覚えていられない…」
病気は静かに進行している。
記憶を蝕む病気が、樫野に抱かれても、そのことを記憶に残さないかもしれない。
那智の、静かな涙に樫野は打ちのめされた。
なにをしようとしていたんだろう、自分は。
那智に忘れられるのが辛くて、せめて自分のことをわかっていてくれる那智を抱いて記憶に残そうとした。
自分の記憶の中に残そうと、したのだ。
那智はそのすべてをなくそうとしているのに。
樫野は自分のしたことに愕然とした。
そして那智から逃げるように部屋を飛び出した。
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