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プロローグ
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「那智…」
呼んでも、決して返事が返らないことはわかっていた。
それなのに呼んでしまう。
諦められない望みがそうさせるのか、それともただの習慣からか。
6年前に出会ってから、誰の名前よりもその名を呼んだ回数は多い。
「那智」と。
樫野の記憶の中で、はにかんだように呼びかけに答える彼は、今、少し脅えたような瞳を樫野に向ける。
けれど彼は自分の瞳に映るものが何なのか理解していない。
脅えた、というのもそう見えるだけで、実際はその美しい瞳には意味がなかった。
「花、買ってきたよ。おまえ、こういうの好きだったっけ?花の話なんかしたことなかったから、全然、わからなくてさ、店の人に選ぶの手伝ってもらったんだ」
返事がないことには構わずに、手に持っていた白い花を那智の目の前に見せて、樫野は言った。
部屋の中にふわっと、甘い匂いが香る。
表情の変わらない那智の大きな瞳が、まるでよく磨かれた鏡のように正確に白い花を映すのを、樫野は複雑な気持ちで見つめる。
視力の悪い人ほど綺麗な目をしている、という。
見えていないわけではないのに、那智の瞳は日に日に深い森の中の誰も知らない湖の面のように、神秘的なほど美しくなっていく。
それが、目の前にいるはずの那智が手の届かないところに行ってしまうように感じさせる。
「那智…」
また負けそうになる。
いつになったらこの現実を受け入れられるようになるんだろう。
樫野は何度呼んでも返事の返らない名前を、それでも呼び続ける。
いつか彼が、答えてくれるのを、待っている。
呼んでも、決して返事が返らないことはわかっていた。
それなのに呼んでしまう。
諦められない望みがそうさせるのか、それともただの習慣からか。
6年前に出会ってから、誰の名前よりもその名を呼んだ回数は多い。
「那智」と。
樫野の記憶の中で、はにかんだように呼びかけに答える彼は、今、少し脅えたような瞳を樫野に向ける。
けれど彼は自分の瞳に映るものが何なのか理解していない。
脅えた、というのもそう見えるだけで、実際はその美しい瞳には意味がなかった。
「花、買ってきたよ。おまえ、こういうの好きだったっけ?花の話なんかしたことなかったから、全然、わからなくてさ、店の人に選ぶの手伝ってもらったんだ」
返事がないことには構わずに、手に持っていた白い花を那智の目の前に見せて、樫野は言った。
部屋の中にふわっと、甘い匂いが香る。
表情の変わらない那智の大きな瞳が、まるでよく磨かれた鏡のように正確に白い花を映すのを、樫野は複雑な気持ちで見つめる。
視力の悪い人ほど綺麗な目をしている、という。
見えていないわけではないのに、那智の瞳は日に日に深い森の中の誰も知らない湖の面のように、神秘的なほど美しくなっていく。
それが、目の前にいるはずの那智が手の届かないところに行ってしまうように感じさせる。
「那智…」
また負けそうになる。
いつになったらこの現実を受け入れられるようになるんだろう。
樫野は何度呼んでも返事の返らない名前を、それでも呼び続ける。
いつか彼が、答えてくれるのを、待っている。
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