チェリークール

フジキフジコ

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【番外編】世界中で誰よりも

4.深層心理

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目が覚めるとなぜか雅治の腕の中にいて、しかも自分から抱きつくような格好をしていて、晶は驚いて飛び起きた。
雅治はまだ眠っていたので、ほっとしながら、その寝顔を見つめる。

正直、同性ながら、カッコいいな、とは思う。
シャープな顔の輪郭、すらっとした鼻筋、引き締った唇、ひとつひとつのパーツも素晴らしいし、そのパーツの配置が特別にいい。
閉じていても綺麗な二重の瞼は、開くと涼やかな瞳が現れて、いつまでも見ていたいと思わせる。
テレビ画面を通して見ても、タレントたちよりよほどカッコ良かった。

自分がホモと言うのも信じがたいが、雅治がホモということはもっと信じられない。
絶対に女に不自由しないだろう容姿を持ちながら、なぜ好きこのんで男と結婚なんかしたのだろうと、他人事のように、思ってしまう。

もし自分が女で、雅治が恋人か夫だったら、有頂天になるに違いない。
世界中にこの男は自分のものだと叫んで教えて、優越感に浸れる。
そう考えたら、胸が、チクンと痛んだ。



***



晶の実家に向かって車を運転していた雅治が「せっかくだから海岸線を走ってドライブしていこうか。最近、どこにも連れていってあげられなかったし」と言った。

一刻も早く実家に行かなければいけない理由はなかったので、晶も同意して、途中から高速を降りて海岸線を走った。

海水浴場の駐車場に車を停めて、泳ぐのにはまだ少し早いせいで人気のない砂浜を裸足で歩いた。
髪を靡かせる潮風も、足の裏に感じる日を浴びて温かくなっている砂の感触も、気持ち良かった。

開店の準備で補修工事をしている海の家を見て「もうそういう季節なんだな」と話をする。
覗いていたら、かき氷の機械のメンテナンスをしていた店の人が氷を二人にくれた。
味のしない氷を食べて笑い、砂で山を作っている子供たちと一緒になって砂を集めて高い山を作った。

はじめは硬かった晶の口調も段々砕けてきて、雅治に向ける笑顔も多くなった。
でもその笑顔は以前と少し違う。
知り合ったばかりの人間に向けるようなぎこちなさがあって、心が通じていない。
そんな笑顔を向けられるたびに、雅治は少し、寂しくなった。

ただ海辺にいるだけなのに、なぜかその場を去りがたく、雅治も晶もなかなか帰ろうとは言わなかった。

太陽が沈みはじめて、やっと諦めたように、雅治がそれを言った。
車に乗ると、晶はすぐに助手席で眠ってしまった。
雅治は信号待ちで止まるたびに晶の寝顔を見ながら、ため息を吐いた。

晶が覚のところにいた時、様子を聞くために覚と会ったときのことを思い出していた。

覚は、晶が記憶を失う前の夜に、雅治とした喧嘩の内容を聞きたがった。

「隣の家で飼っているシェパードが、仔犬を産んだんだよ」
気がすすまなかったが、仕方なく雅治は話した。
「は?」
覚は意外な出だしに拍子抜けした様子だった。

「聞けって。飼い主はジョンっていうイギリス人なんだけど、仔犬を見に来いって誘われて、晶と行ったんだ。ジョンがなんなら一匹分けようかって言ってくれたんだけど、晶が動物苦手だろ、断ったんだ」
「それで?」
「社交辞令もあってさ、ラブリーだ、ビューティだ、本当はすげえ欲しいよって、オレがジョンに言ったワケ。晶はそれを曲解して、オレが本当は自分の子供が欲しいんじゃないかって言い出した」
「ものすごい曲解だけど、多分、晶には君とジョンの会話の内容がわからなかったんじゃないかな。ベイビーだけ、インプットされたんだね」

覚の解釈に、雅治も「それでか」と納得した。
「ちょっと口論になってさ、晶が、なんなら外に子供作ればいいなんて言うから、オレもカッとなって怒っちゃったんだ」
「読めた」
覚は、まるで犯人を推理した名探偵のように断言した。

「それだよ。晶は、自分と結婚したせいで、雅治が子供を諦めたと思った。だから、自分と結婚したことをなかったことにしてやろうとしたんじゃないの、君のために」
「オレも、そんな気はするんだけど。だけどさ、晶ってそういう性格か」
「違うよね。晶は自分の気持ちを優先するタイプだ。好きな相手の幸せのために身を引くようなタイプじゃない。いっそ気持ちがいいくらい自己中心的だからね」
「そこまで言うな」

「深層心理、ってことかな。晶は、自覚としては、そんなことは思っていないはずだよ。ただ自分でさえ気づいてない深いところで、多少、ほんのちょっぴり、君に対して罪悪感があるんだね。かわいいじゃないか」

いくら精神科医と一緒になって晶の心理を分析しても、解決の方法がわかるわけではない。
結局、待つしかないと、覚は言った。
雅治もそう思う。
だけどもし、このまま晶が思い出さなかったら。
自分は晶を、失うかもしれない。

ハンドルを握りながら雅治は今までに感じたことのない焦燥感を感じていた。


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