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【番外編】小田切家の人々
後編
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「やめろって…智哉!」
下半身むき出しの智哉に押し倒されている図はあまりよろしくない。
こんな場面を、雅治はともかく、景子や琢磨に見つかったら誤解されてしまう。
そう思って、晶は焦った。
「智哉!」
そのとき、頭上で「やめろ、智哉」という声がした。
床に転がったまま部屋の入り口を見ると、逆さまのアングルで、小田切家の長男、貴幸が視界に入った。
東京地検の検事をしている貴幸は、その堅い職業を絵に描いたように、黒い髪をいつもきっちり七三に分け、黒ぶちの眼鏡をかけている。
しかし長身でバランスのよい体格も、整った知性的な顔も、やはりどことなく雅治に似ている。
そのダサいファッションセンスをなんとかすれば、かなりイケてるダンディな男前になるに違いない。
「晶君を放しなさい」
貴幸は智哉の襟首を掴んで、晶の身体からどけた。
「あの、貴幸さん、違うんです、これはその」
晶が誤解を解こうと口を開くと、
「わかってます。こいつが無理やり、あなたを手篭めにしようとしたんでしょう。申し訳ない」
「テゴメ?」
意味のわからないことを言われ、深々と頭を下げられて、晶はなんと応えていいのか返事に困る。
「こんなところにいたら、あなたの貞操が危ない。さあ、晶君、私の部屋にいきましょう」
「ずりぃよ、貴兄!そんなこと言って、貴兄も晶のこと狙ってんだろー!スケベ!」
「な、なにを言うんだ、智哉。私が晶君に懸想しているとでも言うのか。馬鹿なことを言うんじゃない。晶君は雅治と結婚しているんだぞ!おまえも横恋慕はやめるんだ」
「ケソウ?ヨコレンボ?」
晶には貴幸の言ってることの半分も理解出来ない。
「ウソだー。オレ知ってるもん、貴兄、晶がモデルしてた雑誌の切り抜き集めてるだろー。しかも保存用と実用と2冊買って分けてるだろー」
「ジツヨウ?」
思わず兄弟ケンカの間に割って入るように、晶が呟いた。
「実用って言うのはぁ、オカズに使ってるってこと。オナニーの」
「お、おま、おまえっ、なんて破廉恥なことを!よくも晶君の前でっ!」
貴幸は真っ赤な顔で仁王立ちになって怒っている。
智哉も負けずに立ち上がって、兄を睨み返している。
このままでは取っ組み合いの喧嘩に発展しそうだった。
「ちょっと待って。二人とも落ち着いて」
「晶君、さあ、早くここを出るんだ早くっ。発情期のケダモノから離れて」
「行かせるもんか!晶はオレとプレステすんだよー!!」
貴幸が晶の右手を引っ張り、智哉は晶の左手を引っ張った。
綱引きのように左右から引っ張られて晶があげた悲鳴に駆けつけた雅治に、二人はこっぴどく怒られた。
***
「悪かったな、嫌な思いをさせて」
帰りの車のなかで、雅治が言った。
「オレの家族、おかしなのばかりでやりずらいだろ。貴兄も智哉もヘンだし、母さんも普通じゃないし」
「別に、ヘンじゃねーよ」
確かに個性的な面々ではあるが、それに関しては晶も負けていない、という自覚は持っている。
「オレは嫌いじゃないぜ、雅治の家族のこと」
「マジで?」
赤信号で止まって、雅治が真剣に驚いたような顔で言うので晶は笑った。
「だって、雅治の家族だろ。雅治にとって大事なものはオレにとっても大事だ。大事に思うよ」
それに、と付け加えた。
「男と結婚することを許してくれたことを、オレはいつだって感謝している」
自分たちが幸せな結婚生活が送れるのは周囲の温かい理解があってこそだということを、晶は知っている。
無論、反対されても雅治への気持ちは変えられないし、反対されたからと言って別れることは出来なかったと思う。
だけど、二人きりで生きるのと、お互いの大事な人たちを大事にしあって、繋がりあって生きるのとは後者の方が素晴らしいと思う。
賑やかだった小田切家の食卓を思い出して、晶は笑った。
「でも、数の子に砂糖かけるのは、ヘンだと思うけどな」
■おわり■
下半身むき出しの智哉に押し倒されている図はあまりよろしくない。
こんな場面を、雅治はともかく、景子や琢磨に見つかったら誤解されてしまう。
そう思って、晶は焦った。
「智哉!」
そのとき、頭上で「やめろ、智哉」という声がした。
床に転がったまま部屋の入り口を見ると、逆さまのアングルで、小田切家の長男、貴幸が視界に入った。
東京地検の検事をしている貴幸は、その堅い職業を絵に描いたように、黒い髪をいつもきっちり七三に分け、黒ぶちの眼鏡をかけている。
しかし長身でバランスのよい体格も、整った知性的な顔も、やはりどことなく雅治に似ている。
そのダサいファッションセンスをなんとかすれば、かなりイケてるダンディな男前になるに違いない。
「晶君を放しなさい」
貴幸は智哉の襟首を掴んで、晶の身体からどけた。
「あの、貴幸さん、違うんです、これはその」
晶が誤解を解こうと口を開くと、
「わかってます。こいつが無理やり、あなたを手篭めにしようとしたんでしょう。申し訳ない」
「テゴメ?」
意味のわからないことを言われ、深々と頭を下げられて、晶はなんと応えていいのか返事に困る。
「こんなところにいたら、あなたの貞操が危ない。さあ、晶君、私の部屋にいきましょう」
「ずりぃよ、貴兄!そんなこと言って、貴兄も晶のこと狙ってんだろー!スケベ!」
「な、なにを言うんだ、智哉。私が晶君に懸想しているとでも言うのか。馬鹿なことを言うんじゃない。晶君は雅治と結婚しているんだぞ!おまえも横恋慕はやめるんだ」
「ケソウ?ヨコレンボ?」
晶には貴幸の言ってることの半分も理解出来ない。
「ウソだー。オレ知ってるもん、貴兄、晶がモデルしてた雑誌の切り抜き集めてるだろー。しかも保存用と実用と2冊買って分けてるだろー」
「ジツヨウ?」
思わず兄弟ケンカの間に割って入るように、晶が呟いた。
「実用って言うのはぁ、オカズに使ってるってこと。オナニーの」
「お、おま、おまえっ、なんて破廉恥なことを!よくも晶君の前でっ!」
貴幸は真っ赤な顔で仁王立ちになって怒っている。
智哉も負けずに立ち上がって、兄を睨み返している。
このままでは取っ組み合いの喧嘩に発展しそうだった。
「ちょっと待って。二人とも落ち着いて」
「晶君、さあ、早くここを出るんだ早くっ。発情期のケダモノから離れて」
「行かせるもんか!晶はオレとプレステすんだよー!!」
貴幸が晶の右手を引っ張り、智哉は晶の左手を引っ張った。
綱引きのように左右から引っ張られて晶があげた悲鳴に駆けつけた雅治に、二人はこっぴどく怒られた。
***
「悪かったな、嫌な思いをさせて」
帰りの車のなかで、雅治が言った。
「オレの家族、おかしなのばかりでやりずらいだろ。貴兄も智哉もヘンだし、母さんも普通じゃないし」
「別に、ヘンじゃねーよ」
確かに個性的な面々ではあるが、それに関しては晶も負けていない、という自覚は持っている。
「オレは嫌いじゃないぜ、雅治の家族のこと」
「マジで?」
赤信号で止まって、雅治が真剣に驚いたような顔で言うので晶は笑った。
「だって、雅治の家族だろ。雅治にとって大事なものはオレにとっても大事だ。大事に思うよ」
それに、と付け加えた。
「男と結婚することを許してくれたことを、オレはいつだって感謝している」
自分たちが幸せな結婚生活が送れるのは周囲の温かい理解があってこそだということを、晶は知っている。
無論、反対されても雅治への気持ちは変えられないし、反対されたからと言って別れることは出来なかったと思う。
だけど、二人きりで生きるのと、お互いの大事な人たちを大事にしあって、繋がりあって生きるのとは後者の方が素晴らしいと思う。
賑やかだった小田切家の食卓を思い出して、晶は笑った。
「でも、数の子に砂糖かけるのは、ヘンだと思うけどな」
■おわり■
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