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本編
3.【精神科医】青山覚
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「で、今日はどうしたの」
港区白金にある、医療ビルの中の一室。
病院とはいっても部屋の中にはベッドも医療器具も、白衣を着た医師も見当たらない。
センスの良い、重厚な本棚と机、そして座り心地の良い豪華なソファがあるだけだ。
「急に来られても困るんだよね」
向かい側のソファに腰掛けた青山覚が、眉間に皺を作って言う。
「いいだろ、別に。どうせおまえ、ヒマそうじゃん」
「ヒマなワケないだろ。君が来るって言うから、患者さん3人キャンセルしたんだよ」
覚は精神科の開業医だった。
まだ二十代の若さで都心の一等地に開業出来たのは、ビルのオーナーが父親だからだ。
しかし病院が繁盛している理由は親の七光りだけではない。
若くて品が良く、ハンサムな青年カウンセラーに悩みを打ち明けたい金持ちのマダムで常に予約はいっぱいだった。
「どーせ、おまえの患者になんか、ロクな悩みねえだろ。オレの悩みを聞いた方がよっぽどためになる」
晶の言い草に、覚は深いため息を吐く。
他人の悩みを聞いてなんの“ためになる”のか。
「カウンセリング代、請求するよ」
「いくらでもしろ、ただし雅治にな!」
アツアツの新婚のはずの晶がムッとして夫の名前を叫んだ。
おかんむりの理由を聞くと、こういうことだという。
昨夜、寝室に戻りベッドに入ってからも、先に眠ってしまった雅治の呑気な寝顔にムカついてなかなか寝つけなかった。
けれど、そのうち、朝になったらすべてがうまくいくような気がして、眠ることが出来た。
そう、明日は雅治も仕事が休みで、一日中二人だけで過ごせる。
もしかしたら夜まで待てない雅治に、激しいキスの雨で起こされるかもしれない。
「…もう、やめろって…雅治…。まだ眠いんだって…あっん」
「晶、晶、早く、起きろって…晶」
朝の弱い晶がいくら抵抗しても雅治は我慢出来なくて、まだ半分夢の中にいる晶のパジャマを勝手に脱がして、生理的に勃起しているそれを、いきなり舌の愛撫で攻めてくるかもしれない。
「あっ…やあ、もう」
言葉とは裏腹に晶の腰は淫らに揺れて、雅治を誘う。
レースのカーテン越しに朝日の差し込む部屋で愛し合うのは恥ずかしいけど、その分、刺激も強い。
「晶、いいよ…すっごい、いい」
「もうダメだって…雅治…んんっ…もうできな…いっ、んっ」
いくら懇願しても夫は許してくれなくて、昼まで自分を離さないだろう。
ところが。
そんな淫らで楽しい夢を見ながら目覚めた晶の期待はあっさり裏切られた。
「なんでだよ、休みって言ったじゃん!」
「急に決まったんだよ、今夜の生放送、緊急特別番組のコメンテーター」
なんと目が覚めると雅治はすっかり身支度を整えて、これから仕事に行くと信じられないことを言う。
いい加減頭に来て晶は怒ったが、時間がないんだ、と雅治は晶の文句も聞かず慌てて出て行ってしまった。
一人残された晶は呆然とした。
これが結婚生活?
甘い新婚生活?
嘘だろっ?!
オレたちあんなに愛し合ってラブラブで、おまえはオレにメロメロだったろ!?
悔し涙を流しながらテレビをつけると、たまたまつけたチャンネルではその緊急特別番組の番宣が流れていた。
「『ズバリ言うわよ?アナタ有罪よ!』なんだよ、これ」
画面の中ではおそろしく化粧の濃い占い師のオバサンが、雅治の腕を組んでデレデレと笑っている。
「なにが占星術と法律のコラボレーションだっ!」
こんなくだらない特番のために、二人で過ごせる貴重な一日を奪われたと思うと押さえても押さえても怒りがこみ上げる。
家で怒りを持て余していてもつまらないので、適当に携帯に入っている電話番号を押して遊べる相手を探した。
しかし、専業主婦の晶と違ってまっとうな社会人の友人たちはみんな忙しくてつかまらない。
結局、青山覚に「今から行くから!」と電話して、押しかけてきた、というわけだった。
「君さ、欲求不満の妄想過多じゃないの、それ」
話を聞き終わった覚が、呆れながらも晶の逞しい想像力に感心したように言う。
「医者みたいなこと言うなよ」
「いや、みたい、じゃなくて、僕、医者だから」
覚は、晶と雅治の高校の時の同級生だ。
雅治が生徒会会長をしていたときの副会長で、自称、雅治の親友だ。
「それにしても、籍入れてまだ3ケ月なのに、もう倦怠期とはね」
言われて晶はブスッと答える。
「倦怠期とか、言うな」
「まあ、付き合い自体が長いから仕方ないんじゃないの。もう10年、だっけ。よく飽きないね」
「うっせー。運命的な相手なんだよ。オレたちの出会いは運命だったんだ」
「あれが…運命ねえ。ま、はじめて君を見たときの雅治は、確かにかなりショックを受けてたよ」
覚は「くくくっ」と喉を鳴らして思い出し笑いをした。
それは高校の入学式の日だった。
すでに全員が体育館に集合している場に遅刻して入って来た、小柄でいやに綺麗な顔立ちの新入生は、髪を校則違反の明るい茶色に染め、ボタンを3つ外した詰襟の下には真っ赤なTシャツを着ていた。
おまけにズボンの裾から覗く靴下までも赤かった。
覚の隣に座っていた雅治は驚いて、覚に言った。
「おい、このガッコ、裏口入学ありか」
どちらかというと世間ではお坊ちゃん学校という評判の私立の男子校は、偏差値の方はとびきり高いというほどではなかったが、平均よりは高かった。
よく合格出来たな、あいつ。
雅治はそんな目で晶を見ていた。
そして晶の方は、新入生代表で壇上で挨拶した雅治の、凛々しい姿に一目惚れした。
「あのときの雅治、かっこよかったなあ…」
晶は、雅治との出会いを思い出して、うっとりと言った。
なんだかんだと文句を並べながらも、相変わらず雅治にベタ惚れらしい晶に、覚はなんとなく面白くない。
その高校時代、晶の魅力に先に気づいたのは覚だった。
「名取って、よく見るとすごく可愛い顔してる。内に秘めた色気を感じない?」
と、雅治に言ったとき、「おまえ、妙な趣味してるな」と呆れていたくせに、なにがどうしてそうなったのか知らないが、気がついたら晶と雅治は校内公認の恋人同士になっていた。
あの時は、親友に裏切られた気分だった。
「でも、そんなに大好きな雅治が、ちっとも構ってくれないんだ?」
言いながら、覚は席を立って、晶の隣に座った。
「寂しいね」
さりげなく肩を抱いた手で、髪に触れる。
ビクン、と晶の身体が覚を意識しているように反応した。
結婚してからますます敏感になったようだ。
覚は、楽しくなってきて、ニコニコ笑いながら、晶の髪や耳や首に触れる。
くすぐるように、けれどその指先は性的なニュアンスを隠そうとしていない。
晶の方は、覚の悪戯に悪い気分はしなかった。
それと言うのも結婚してからの雅治の態度から、もしかしたら自分に以前ほど性的魅力がなくなってしまったのではないかと、不安を感じていたからだ。
「なんだか、晶、結婚してから一段と綺麗になったみたい。色っぽいし」
褒められて悪い気がするはずがない。
覚の言葉に、晶は少しずつ自信を取り戻していく。
案外、覚は名医なのかもしれない。
気分が高揚してくると、覚に触れられている肩や背中に意識が集中した。
身体を這う覚の手は緩やかだが、確実に性感を刺激する触り方で、敏感な晶の身体はもう火照り始めている。
「……あっ」
気がつくと晶はすっかり覚の胸に凭れかかって体重を預けていた。
港区白金にある、医療ビルの中の一室。
病院とはいっても部屋の中にはベッドも医療器具も、白衣を着た医師も見当たらない。
センスの良い、重厚な本棚と机、そして座り心地の良い豪華なソファがあるだけだ。
「急に来られても困るんだよね」
向かい側のソファに腰掛けた青山覚が、眉間に皺を作って言う。
「いいだろ、別に。どうせおまえ、ヒマそうじゃん」
「ヒマなワケないだろ。君が来るって言うから、患者さん3人キャンセルしたんだよ」
覚は精神科の開業医だった。
まだ二十代の若さで都心の一等地に開業出来たのは、ビルのオーナーが父親だからだ。
しかし病院が繁盛している理由は親の七光りだけではない。
若くて品が良く、ハンサムな青年カウンセラーに悩みを打ち明けたい金持ちのマダムで常に予約はいっぱいだった。
「どーせ、おまえの患者になんか、ロクな悩みねえだろ。オレの悩みを聞いた方がよっぽどためになる」
晶の言い草に、覚は深いため息を吐く。
他人の悩みを聞いてなんの“ためになる”のか。
「カウンセリング代、請求するよ」
「いくらでもしろ、ただし雅治にな!」
アツアツの新婚のはずの晶がムッとして夫の名前を叫んだ。
おかんむりの理由を聞くと、こういうことだという。
昨夜、寝室に戻りベッドに入ってからも、先に眠ってしまった雅治の呑気な寝顔にムカついてなかなか寝つけなかった。
けれど、そのうち、朝になったらすべてがうまくいくような気がして、眠ることが出来た。
そう、明日は雅治も仕事が休みで、一日中二人だけで過ごせる。
もしかしたら夜まで待てない雅治に、激しいキスの雨で起こされるかもしれない。
「…もう、やめろって…雅治…。まだ眠いんだって…あっん」
「晶、晶、早く、起きろって…晶」
朝の弱い晶がいくら抵抗しても雅治は我慢出来なくて、まだ半分夢の中にいる晶のパジャマを勝手に脱がして、生理的に勃起しているそれを、いきなり舌の愛撫で攻めてくるかもしれない。
「あっ…やあ、もう」
言葉とは裏腹に晶の腰は淫らに揺れて、雅治を誘う。
レースのカーテン越しに朝日の差し込む部屋で愛し合うのは恥ずかしいけど、その分、刺激も強い。
「晶、いいよ…すっごい、いい」
「もうダメだって…雅治…んんっ…もうできな…いっ、んっ」
いくら懇願しても夫は許してくれなくて、昼まで自分を離さないだろう。
ところが。
そんな淫らで楽しい夢を見ながら目覚めた晶の期待はあっさり裏切られた。
「なんでだよ、休みって言ったじゃん!」
「急に決まったんだよ、今夜の生放送、緊急特別番組のコメンテーター」
なんと目が覚めると雅治はすっかり身支度を整えて、これから仕事に行くと信じられないことを言う。
いい加減頭に来て晶は怒ったが、時間がないんだ、と雅治は晶の文句も聞かず慌てて出て行ってしまった。
一人残された晶は呆然とした。
これが結婚生活?
甘い新婚生活?
嘘だろっ?!
オレたちあんなに愛し合ってラブラブで、おまえはオレにメロメロだったろ!?
悔し涙を流しながらテレビをつけると、たまたまつけたチャンネルではその緊急特別番組の番宣が流れていた。
「『ズバリ言うわよ?アナタ有罪よ!』なんだよ、これ」
画面の中ではおそろしく化粧の濃い占い師のオバサンが、雅治の腕を組んでデレデレと笑っている。
「なにが占星術と法律のコラボレーションだっ!」
こんなくだらない特番のために、二人で過ごせる貴重な一日を奪われたと思うと押さえても押さえても怒りがこみ上げる。
家で怒りを持て余していてもつまらないので、適当に携帯に入っている電話番号を押して遊べる相手を探した。
しかし、専業主婦の晶と違ってまっとうな社会人の友人たちはみんな忙しくてつかまらない。
結局、青山覚に「今から行くから!」と電話して、押しかけてきた、というわけだった。
「君さ、欲求不満の妄想過多じゃないの、それ」
話を聞き終わった覚が、呆れながらも晶の逞しい想像力に感心したように言う。
「医者みたいなこと言うなよ」
「いや、みたい、じゃなくて、僕、医者だから」
覚は、晶と雅治の高校の時の同級生だ。
雅治が生徒会会長をしていたときの副会長で、自称、雅治の親友だ。
「それにしても、籍入れてまだ3ケ月なのに、もう倦怠期とはね」
言われて晶はブスッと答える。
「倦怠期とか、言うな」
「まあ、付き合い自体が長いから仕方ないんじゃないの。もう10年、だっけ。よく飽きないね」
「うっせー。運命的な相手なんだよ。オレたちの出会いは運命だったんだ」
「あれが…運命ねえ。ま、はじめて君を見たときの雅治は、確かにかなりショックを受けてたよ」
覚は「くくくっ」と喉を鳴らして思い出し笑いをした。
それは高校の入学式の日だった。
すでに全員が体育館に集合している場に遅刻して入って来た、小柄でいやに綺麗な顔立ちの新入生は、髪を校則違反の明るい茶色に染め、ボタンを3つ外した詰襟の下には真っ赤なTシャツを着ていた。
おまけにズボンの裾から覗く靴下までも赤かった。
覚の隣に座っていた雅治は驚いて、覚に言った。
「おい、このガッコ、裏口入学ありか」
どちらかというと世間ではお坊ちゃん学校という評判の私立の男子校は、偏差値の方はとびきり高いというほどではなかったが、平均よりは高かった。
よく合格出来たな、あいつ。
雅治はそんな目で晶を見ていた。
そして晶の方は、新入生代表で壇上で挨拶した雅治の、凛々しい姿に一目惚れした。
「あのときの雅治、かっこよかったなあ…」
晶は、雅治との出会いを思い出して、うっとりと言った。
なんだかんだと文句を並べながらも、相変わらず雅治にベタ惚れらしい晶に、覚はなんとなく面白くない。
その高校時代、晶の魅力に先に気づいたのは覚だった。
「名取って、よく見るとすごく可愛い顔してる。内に秘めた色気を感じない?」
と、雅治に言ったとき、「おまえ、妙な趣味してるな」と呆れていたくせに、なにがどうしてそうなったのか知らないが、気がついたら晶と雅治は校内公認の恋人同士になっていた。
あの時は、親友に裏切られた気分だった。
「でも、そんなに大好きな雅治が、ちっとも構ってくれないんだ?」
言いながら、覚は席を立って、晶の隣に座った。
「寂しいね」
さりげなく肩を抱いた手で、髪に触れる。
ビクン、と晶の身体が覚を意識しているように反応した。
結婚してからますます敏感になったようだ。
覚は、楽しくなってきて、ニコニコ笑いながら、晶の髪や耳や首に触れる。
くすぐるように、けれどその指先は性的なニュアンスを隠そうとしていない。
晶の方は、覚の悪戯に悪い気分はしなかった。
それと言うのも結婚してからの雅治の態度から、もしかしたら自分に以前ほど性的魅力がなくなってしまったのではないかと、不安を感じていたからだ。
「なんだか、晶、結婚してから一段と綺麗になったみたい。色っぽいし」
褒められて悪い気がするはずがない。
覚の言葉に、晶は少しずつ自信を取り戻していく。
案外、覚は名医なのかもしれない。
気分が高揚してくると、覚に触れられている肩や背中に意識が集中した。
身体を這う覚の手は緩やかだが、確実に性感を刺激する触り方で、敏感な晶の身体はもう火照り始めている。
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