HEAVENーヘヴンー

フジキフジコ

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【第三章】HEAVEN'S DOOR

17.真実

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半年後――。

不破の出演した映画は公開前にヨーロッパでの映画祭でグランプリを受賞し、不破は主演男優賞を手にした。
現地での授賞式を終えた帰国後、日本での受賞記念祝賀会のホテルの控え室に突然訪ねてきた馨に、不破はただ戸惑って体面した。

「一緒に来て欲しい」
何の前置きもなく、馨はそう言った。
理由を聞こうとして、言葉に詰まる。
馨の何日も眠っていないような憔悴しきった様子や表情から、ただごとではないということは容易に想像できる。

真理の身になにか起きたのだ。
そう思うと、すぐにでもついて行きたいと思ったが「おまえを愛してない」と真理に言われたことがこだわりになって、足が動かなかった。

「…今更、オレに…なんで」
「おまえのために言ってるんだ」
馨の言葉には余裕がない。
1分1秒を惜しんでるように、言葉は極端に少なかった。
「今来なかったら、おまえは一生後悔する」
そこまで言われて、拒否することは出来なかった。

真理になにかあったに違いない。
良くないこと。悪い事。
咄嗟に考えられる限りの最悪なことを考えて不破は首を振る。
「わかった」
「事情は車の中で説明するから、とにかく急いで」

タキシード姿のままで控え室を飛び出した不破を、廊下ですれ違ったマネージャーが呼びとめる。
「尊!どこ行くんだよ。もうはじまるって呼びに来たのに!」
「急用!」
「なに言ってんだ、困るよ!どうすんの、日本映画協会からも賞が…」
「そんなもん、欲しけりゃおまえにくれてやるよ!」



***



病院に向かう車の中で馨は手短に真理の病気のことを説明した。
「…白血病?」
「真理は自分の死期を知ってたから、おまえと別れたんだ。結果的にはオレが側にいたけど、真理は本当はひとりで静かに死ぬつもりだった」

死ぬつもりだった………?
嘘だ、と心の中で繰り返しながら不破は黙って馨の言葉を聞いていた。
真理が死ぬはずがない。
そんなこと、どうしたら信じられるだろう。

「おまえとは、なんでもないってこと?」
「そうだよ。真理はおまえの足手まといになりたくなくて、それだけの理由で、おまえと離れたんだ。危篤になってからも、不破には言うなって言ってた。けど…」

涙に声を詰まらせて、けど、一人で死んでいくのはあまりに真理が可哀相だ、と馨は言った。
死んでいく、という言葉が不破には理解できない。
理解したくもなかった。



***



訪れた部屋は薄いカーテン越しの窓から西日が差し込んで部屋全体が紅く染まっていた。

医療器具に囲まれたベッドの回りには医者と看護士が立ちふさがり、忙しく動き回っているせいでそこに寝ている人物を確認することは出来ない。

「先生、容態は?」
馨が医者を呼んで病状を確認する。
「薬のせいで今は落ち着いてますが、これ以上の延命措置は苦痛になるだけです」
医師の言葉が不破にも聞えて、立っていられないほど動揺する。

気がつくと、看護婦と医者は部屋の中から出て行ったあとだった。
いつのまに誰が取り払ったのか、真理の身体についていた酸素吸入器や点滴の類いも外されていた。

「馨…」
不安そうに馨を振り返ると、馨は頷いた。
「話してあげて…オレは、外にいるから」
そう言って馨が部屋を出て行ってしまうと、部屋の中はさっきまでのざわめきが嘘のように静まりかえる。

重い足を引きずるようにベッドの側によると、そこに横たわっているのは痩せて面変わりしてはいるが確かに真理だった。

「……真理」
薄く目を開けて、浅く荒い呼吸を繰り返している真理は呼ばれた方にわずかに首を動かす。
「………た、ける?」
「そう、だよ」
「…ど…して」
少しだけ驚いた表情をして、でも笑っているようにも見えた。

「馨が、教えてくれて」
「……そう」
「大丈夫?辛いか?先生、呼ぶ?」
辛そうに眉を寄せながら、けれど口許には微笑を浮かべて首を振る。
「…いい」
それが、「もういい」と言ってるようで、不破は途端に瞼に熱いものがこみ上げてきた。

「不破が…」
「え?」
「…来てくれて…嬉しい…よ…会えて…よかった…」
もう嘘をつく必要はなにもなかった。
本当のことだけ言える。
「真理……」
弱々しく伸ばされた手をとって、ぎゅっと握る。

なんで、この手を離してしまったんだろう。
自分が一番必要としたときはずっと側にいてくれたのに、真理がひとりで痛みに耐えていた間、自分は何も知らず、ただ仕事にのめり込んでいた。
それが真理の望んだことでも、不破は自分を責めずにはいられない。

「…映画…完成した?」
「ああ」
「…見たかった」
「見てよ。自信あるんだ、真理に…真理に、見て欲しい」

微笑しながら真理のこめかみを涙が伝った。
綺麗な透明の滴は、二人で過ごした時間を思い出しているような、懐かしそうな瞳の奥から零れた。

「…よかった」
心から安心したように言って真理は微笑する。
多分、このベッドの上でも、真理は自分の残された命のことよりも、自分のことだけを心配していたんだと不破にはわかる。

「ごめん…真理。側にいて…側にいて…あげら…くて…ご、めん」
信じてあげられなくて、ごめん。
愛を疑って、ごめん。
何もしてあげられなくて、ごめん。
不破は震える唇で「ごめん」と繰り返した。

真理は小さく首を振って、いいんだ、と呟いた。
けれど、もう声になってない。
「真理?」
「尊…電気つけて…暗くて、尊の顔が…見えない」

不破は真理の手を両手でぎゅっと握って、自分が側にいることを伝える。
部屋の電気はついている。
けれどもう、真理の瞳には光も、自分も、映っていないのだ。

「ここにいるから。ずっといるから…大丈夫」
「…そっか。じゃあ、…目を…閉じても…平気」
「うん…真理……うん」
真理は安心したように静かに瞼を閉じた。
手を握ったまま、不破はそっとその瞼に口づける。

「…真理…真理…」
眠りを妨げないように、けれど真理を何かから必死に呼びとめるように小声で名前を呼びながら、乾いた唇にも口づけた。
「…真理…オレを…愛してくれて…ありがとう…」
病室の外の壁に背中を凭れさせて、真理を呼ぶ不破の声を聞きながら、馨も溢れる涙を止めることが出来ないでいる。





真理は眠ったまま明け方、静かに息を引き取った。


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